何度繰り返しても変わらない。俺を知らない彼女に宛てた手紙は、可哀想なことに一度も届いた様子がない。 原因は何だ。邪魔をしている何かがあるんだ。……いや、誰か、が正しいよな。
花紡ぎ
HANATSUMUGI 「…あれ?」 「どうかした?」 「や、今なんか……ん、いいや。多分気の所為」 声が聞こえた気がした。 鼓膜を揺らさない音を拾った気がして辺りを見回しても俺との他には誰もいない。 不思議そうに首を傾げたになんでもないと首を振って、せっせと花冠を作る、今となっては手慣れた作業に戻る。 「あのさー前から訊きたかったんだけど」 「なあに?」 「何でいつも花冠作んの?作り方知らねえのに」 「作れる気がするの」 「だから実際作れねえじゃん。俺がいないときとかどーしてんだか」 「それは私に訊かれてもわからないよ」 「知ってるっつーの。無駄に引っこ抜かれる花もカワイソーだな」 「…わかくんにも花を慈しむ心があったのねえ」 「ちょっと待て。今の言い方なんかムカツク」 「そう?ごめんなさいね」 「ちっとも思ってねえだろ。ま、いーけど」 手元に落としていた視線をちらりと持ち上げ、正面に座って白詰草を編んでいる白い手を見る。 …別に不器用ってわけじゃねーんだよなあ。するすると編まれて行くそれは歪とは程遠い。 にしても、ほっせえ腕。ちょっと力入れたらぽきっと折れそう。…うわ、想像すると痛ぇ! 腕だけじゃなく、は全体的に白くて細い。 だけど不健康そうに見えないのは、白いといっても血管が透けまくってるわけじゃないからだ。 ま、毎日毎日何時間もこの部屋にいりゃ、それなりに焼けんだろ。 硝子張りの温室。多少日陰もあるし空調を効かせられるとはいっても真夏は地獄だ。 が細ぇのってこの部屋に通ってるからじゃね?ここってある意味サウナだし。 「っし、上出来!流石俺」 作り終えた花冠をの頭にふわり。顔を上げたに笑顔を向けてポケットから携帯を取り出す。 「写真撮ろーぜ。と俺のツーショット。駄目?」 「駄目ではないけど……」 「ないけど?」 「私、自分を残すのは好きじゃないの」 「なんで?」 「さて、なんででしょう?」 「こっちが訊いてんだけど。相変わらず意味わかんねえなお前」 「わかくんに言われたくはないなあ」 「それはこっちの台詞だっつーの!いいから撮んぞ。ほら、さんにいいーち」 「え、待って…!……今撮った?」 「撮った。面白い顔したがこの通り」 「わかくんの顔には負けるよ」 「お前なあ、こーんな男前によくそんなこと言えるよな」 「あら、どこに男前が?」 「そこっ!わざとらしくキョロキョロしない!終いにゃ泣くぞ…!」 + 「あ、そだ。俺明日から遠征だから次来んの多分一週間後くらいだと思う」 「そう。気を付けて行ってらっしゃい」 「おー、またな」 「ばいばい」 「…。ま、た、な!」 「…ばいばい?」 「そーじゃなくて」 「わかくん…?」 「またなって言えよ」 「その言い方、小さな子供が駄々を捏ねているみたいだよ?」 「いーから、言えって」 「どうして?」 「俺明日から遠征」 「それはもう聞いたけれど」 「だから、ばいばいだともう二度と会えねえみてーで縁起悪ぃだろ!」 「間違っていないでしょう?今日の私と次にわかくんと会う私は別人だもの」 「…あーくそっ!飛行機落ちたらの所為だかんな!」 乱暴に髪を掻いて捨て台詞のような言葉を吐き捨てて背を向ける。 くるくると変わるの顔がきょとんと固まっていたのに気づいたけど気づかないふり。 縁起がどうこうなんてほんとはどーでもいい。ただ、また会いたいって思われたかっただけなんだ。 ―だから、今だけは俺の異常さに感謝してもいいかもしんねえ。 わかくん、またね 頭の中にじわりと溶ける。慌てて振り返った先、いつもとは違う顔でわらったの顔。 なんとなく、何か言わなきゃいけない気がして口を開いたけど、人差し指を唇に当ててわらったがゆるりと手を振ったから何も言わずに踵を返した。 何かが変わると思った。何かが変わる気がしたんだ。 遠征から帰ってきたら真っ先にあの場所に行こう。に会いに行こう。 走って走って走って、―そしたら、また あの声 「あんまり構わないでやってよ」 今度はしっかりと鼓膜を揺らした声は、だけど駆け抜ける俺の耳を風のように通り抜けるだけだった。 あのとき足を止めていれば、なにか変わってたのか?……なあ、教えてくれよ。
遠征先での俺はいつになく絶好調で、全試合スタメン出場の上にゴールだって決めた。 事あるごとに開く携帯で咲いている白い花が俺の周囲をざわめく雑音を一つずつ摘み取ってくれてるみたいで。 全部全部、一番に伝えたかった。わらってほしかった。――それなのに、なんで、 鍵の掛かった扉は酷く冷たく、火照った身体が指先から凍るように、痛い。 06 | top | 08 |