顔を見て話すことはできなかった。
額を肩に押し付けたまま背中に両腕を回して、俺は情けなくもに縋りついて鉛のような言葉を吐き出した。
家族にも親友たちにも言えない、墓場まで持って行こうと思ってた俺の秘密。

くぐもった声を聞きながら俺の髪を撫でる手はどこまでもやさしくて泣きたくなったけど、やっぱり涙は出なかった。



花紡ぎ
HANATSUMUGI



「…ごめん、重かったよな」
「こんなときまで人のことを気にしなくていいのに」
「や、だって……つか、俺超ダセエ」
「次に会う私はわかくんの醜態なんて綺麗さっぱり忘れているよ。それ以前に誰この人って話だもの」
「え、それフォロー?フォローなの?」


腕の力を緩めてゆっくり顔を上げれば、俺の頭から手を離したが口許に指をあてて小さく笑う。
…あ、うん。この顔好き。身体の真ん中にじんわりと落ちる。


はさ、嫌になったりしねえ?」
「なにを?」
「…自分のこと」
「面白いことを訊くのね」
「え、」
「私が私なのは目が覚めてから眠るまで。そんな短時間で心の底から自分を嫌いになんかなれないよ」
「……ごめん」
「わかくんは優しいね」
「…なんで?」
「私が悲しんだと思って、そんな顔をしているんでしょう?」
「そんな顔って言われても自分じゃわかんねえし」
「泣きそうな顔をしているよ」
「いやいやないだろ。俺あんま泣かない方だぜ?」
「泣けないんじゃなくて?」
「なっ!……、」
「私ね、忘れてしまうことを悲しんだことはないの。だって、そのことも忘れてしまうんだもの」
「…それってなんか矛盾してね?」
「そう?でも、今日より前の私と今日の私は別人だけど、きっと考え方は同じ」

「記憶はなくても私の心は一つだから」

「だけど私の心は私しか知らないから、他の人にとって記憶のない私は同じ顔の別人に見えるんでしょうね」
「…俺はわかる」
「わかくん?」
「全部じゃないけど、俺にはの心がわかる。だから俺にとっては記憶がなくてもだぜ」
「ありがとう。わかくんはその優しさをもう少し自分に向けてあげてもいいと思うよ」


ふわり、落ちる。音もなくわらったに思わず目を瞠る。
花が咲いたとは違う、綻ぶって方が合うかな。あったかくてほっとする感じ。
……でも、


「俺、まじで優しくなんかないんだって。ただ……、嫌われるのが怖いだけ」


近くにいるやつに嫌われるとふとした瞬間に聞こえちまう声が痛い。
聞こえる声は、できるだけ俺にやさしいものがいい。


「誰だって人に嫌われるのは怖いよ」
「ま、そーなんだけど、俺って普通じゃねえじゃん?だから余計必死っつーか、あー…こーいうの打算的っつーのか」
「…厳しいね」
「ん?」
「わかくんは、自分に厳しい」
「そんなこと初めて言われたんですけど。どっちかっつーと極甘だぜ?」
「全部が全部計算したものじゃないでしょう。人より感受性が強くて繊細なら、嫌われたくない気持ちが人一倍強いのだって当たり前」
「でも、」
「そんなに自分を卑下したいの?」
「、え?」
「下心があったっていいじゃない。優しさは受け取る側や第三者が決めること。与える側の本心なんて関係ないもの」
「……したごころ、」
「そう、下心」


頷いて楽しそうにわらう。
あー…そうか、うん、そうかも。俺が優しいとか優しくないとかは別として、下心があるのは俺だけじゃないもんな。

の声は堅くなった俺の心をゆっくりと綻ばせてくれる。
母親の腹ん中ってこんなかな。守られてる気がするんだ。の傍は安心する。
望んでないのに不意に聞こえる、空気を揺らさない声にまで包まれてるような気がするなんて……、


「優しいのはの方だ」



わなわなと、きみを恋う



の声は静かだ。望んでもいない声が聞こえてしまっても、頭の中で喚き散らすような強さはない。
――それはきっと、彼女の中に余計なものがないから。
余計というと少し違うけど、今日より前の記憶がないには複雑な感情がない。
記憶がないから安心して傍にいられるのに、忘れられるのは寂しいなんて、俺は本当に自分勝手だ。



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