その場所は意外にも俺の家からそう遠くない場所にあった。
今までその場所に気がつかなかったのは、滅多に通らない道だからかそれとも興味がなかったからか。

俺は宣言通り、昨日と同じ時間にその場所を訪れた。



花紡ぎ
HANATSUMUGI



扉を開くと、むわっとした甘い匂いが俺を襲う。
花屋の前を通ったときみたいだ。息が苦しくなる錯覚。
正直言うと、花にはそんなに興味ない。綺麗だ、とか、足を止めてまで思ったことなんてないし。


「ちわ」
「こんにちは」


白詰草の中に座り込んでいるその人に声を掛ければ、彼女は顔を上げてふわりとわらう。
昨日と似たような白いワンピース。つか、同じじゃね?細かい部分が違うのかもしんねえけど俺には同じに見える。


「なにしてんの?」
「花冠。知ってる?」
「まあ、知ってるには、……てかこれ昨日も言ったぜ?」


デジャヴを感じて首を捻ればすぐに答えは見つかった。
膝の上、白いワンピースの上に散らばる白い花
それは昨日見た光景と全く同じで、そして会話の流れも同じだ。

呆れ半分で笑う俺に、彼女は楽しそうに顔を綻ばせる。


「そう。昨日の私も同じことを言ったのね」


………は?意味がわからないのは俺の頭がどうこうとかじゃない筈。
昨日のことを忘れてるならまあ仕方ないとは思うけど、でも、今の言い方はなんか引っかかる。
違和感の正体はなんだ。答えを探ると同時に視線が動いた。


「なに、お姉さんって忘れっぽいの?」
「人並みじゃないかしら」
「でも、それ」


膝の上、白いワンピースの上に散らばる白い花


「できてねえじゃん。俺、ちゃんと教えたのに」
「教えてもらってないわ」
「は、だって、え?俺のこと死んでるみたいっつったお姉さんっしょ?」
「あら、きみは死んでいたの?」
「いやいや死んでないし死んでたら今俺ここにいねえし」
「それもそうね」


口許に指をあてて小さく笑う彼女は、嘘をついて俺をからかってるようには見えない。
じゃあなんだ、俺が間違ってんの?まさかの人違い?いやいやでも笑い方まで一緒だし。


「実は双子でしたってオチ、とか?」


俺のことを忘れてるとかだったらちょっと悲しい。
だって、俺にとっては衝撃だったんだ。彼女に言われたことは、俺の深い部分にしっかりと痕を残した。―のに、


「私、ひとりっこ」

「……まじでか」
「まじです」


楽しそうに、でもしっかりと頷く。
俺って一日で忘れ去られるほど影薄いの?うっわーへこむ。どっちかって言えば忘れられないタイプだと思ってたのに。
あーとか、うーとか、意味のない音ばかり吐き出す俺に、救いの手を差し伸べたのは勿論目の前の彼女で、


「ねえ。花冠の作り方、教えて?」
「…え?」
「きみは昨日の私に花冠の作り方を教えてくれたんでしょう?」
「あ、うん。そうだけど」
「それじゃあ私にも教えて。昨日の私と今日の私は別人だもの」


あれ、なんかまたデジャヴ。
そういや昨日の帰りに似たようなこと言ってなかったっけ?


「…なあ、名前教えてよ」
「ごめんね。私、人に名前は教えないようにしているの」
「……なんで?」
「もう会わないから。だから私も名前は訊かない」


デジャヴなんかじゃない。間違いなく、この会話は昨日もした。
嘘をついているようには見えない。じゃあなんで?
俺の疑問に反応するように、大して皺は多くなさそうな俺の脳ミソがばったんばったんと知識の引き出しを漁り始める。 それと同時に、色んな感情が回り出す。
あ、やばい。止めろ、もういい。もうなにも考えなくていい。 ぐるぐると回って気持ちが悪い。呑まれ、る……、

ふわり、やわらかな感触が視界を覆う。
隠しきれない指の間から、やわらかな笑顔が見えた。


「その痛みはきみのじゃないよ」


だからそんな顔しないで。
空気を揺らさずに響く声が、視界を覆ったぬくもりから俺の頭に流れ込んでくる。

俺は感情に敏感だ。自分のだけじゃなくて、他人のにも。
それは勘がいいとか、他人の顔色を窺ってるレベルじゃなくて、ふとしたときに俺以外の声が頭の中に入ってくる。
俺の都合なんて二の次で、知りたくもない心の声とやらが俺の中で好き勝手喚き散らす。
そういうときはいっつも気持ち悪くて、いっつも苦しくて、
俺の感情なのか他人の感情なのかもわからなくて、酷いときは意識を飛ばすほど。
これでも昔に比べれば制御できるようになった…や、聞こえないふりを覚えただけか。


「…なん、で……」


気持ち悪さが引いていく。いつもならこういうときに触れられると悪化してぶっ倒れるのがオチなのに。
…いや、それはいい。今はそれより、もっと重要なことがある。

彼女は今、なんと言った?

ただの偶然?俺の思い違い?だめだ混乱する。落ち着け落ち着け落ち着け!
だって知るわけがない。初対面なんだ…いや、二度目だけど。
でも、知るわけがないんだ。家族にも、あいつらにだって言ってない。



ひとりぼっち戦争



これが普通じゃないと気づいたのは、小学生になる頃だった。
自分以外の声が頭ん中に直接流れ込んでくるなんてあり得ない。
――俺は、異常だ。



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