たとえば、記憶に墓場があるとする。 は?なに言ってんだ。 いいから聞けよ。そこにはさ、忘れられちまった記憶が埋まってんだよ。 墓なら当たり前じゃない。 まーな。そんで、そこに一つ、花の匂いがする墓があんの。 白詰草の花冠が置いてある墓。 大きさは他のと同じだけど、その中には忘れられちまった記憶が他より沢山埋まってんだ。 多分、ほんとは一つも忘れたくなんかなかった 記憶 「ねえ結人。それ、誰の話?」
花紡ぎ
HANATSUMUGI 窒息してしまう。呼吸はできるのに息ができない。 まるで花をたべてるみたいだ。喉まで詰まった花びらが俺を塞ぐ。 くるしい、くるしい、いっぱいくるしい 矛盾を抱いて走った。泣くことができないから余計に苦しいとわかってるのに、それでも涙は出ないからわらった。 + 「おはよう」 「……おは、よ?」 視界いっぱいの笑顔が太陽と重なって眩しい。 意味もわからず応えながら、彼女が俺の上から退いたのを見て体を起こす。 辺り一面に広がるしろ …あぁ、これの所為か。花の香りの原因は一面に咲いた白詰草だったんだ。 にしても、いつの間に寝てたんだ?つーかここどこ。 ぐるりと首を回せば区切られたスペースごとに他にも色んな花が咲いているのがわかる。 「私が来たときには眠っていたよ。ぴくりともしないから、死んでるのかと思った」 「は、死ん、…は?」 「ごめんね。でも、すごく苦しそうな顔をしていたし、寝息も聞こえなかったんだもの」 「……はあ、そっすか」 「そうなんです」 口許に指をあてて小さく笑う。ふふ、とか、多分そんな音。 華やかというには足りないけど、綺麗だと思う。周りの空気がやさしい。素朴な美人。 多分てか絶対年上だ。高校生って言われれば納得はできるけど、でも、なんか違う。…ん?これって納得してないってことか。とにかく俺よりは上っぽい。 楽しそうに笑う人を見ながらそんなことを考える。 ふと、座っている彼女の膝元に目が行き、それに気づいたらしい彼女が首を傾げてわらった。 「花冠。知ってる?」 「まあ、知ってるには知ってるっつーか……。でもそれ、なんか違くね、すか?」 「そうなの。花冠を作ろうと思ったんだけど、作り方がわからなくて」 「わかんないのに作ろうとしたんすか?」 「作れると思ったの。実際に作ろうとしたら手が止まっちゃっただけで」 「なんか矛盾してません?」 「そう?」 「んー…ま、いっか。それ貸してください」 「作れるの?」 「多分、憶えてると思うっす」 「ねえ、きみは敬語が癖?」 「や、どっちかっつーと、苦手な部類」 「それじゃあ無理に使うことないよ。楽にして」 渡された花を手に少し考えて、するすると編んで行く。意外と憶えてるもんだな。 ガキの頃に姉ちゃんや妹と一緒になって作ってたから、身体が憶えてたんだろう。 「はいどーぞ」 「ありがとう。上手ね」 「器用だかんな。編み込みとかもできるし」 「編み込み?」 「ほら、三つ編みの進化系みたいなやつ」 「あぁ、髪の。ほんとうに器用なのね、羨ましい」 「なんならお姉さんの髪弄ろっか?…あ、でもゴムねえや、って、なにしてんの?」 「プレゼント」 「や、作ったの俺だし」 「でも私がもらったのよ?」 「…ま、いっか」 ふわり、頭にのせられた花冠。 頭の上に触れながらいやいやなんか違えだろと首を捻るけど、結局は楽しそうに笑う顔に負けて黙った。 「あ、わらった」 「…は?」 「初めて笑ったね」 「今更なに言ってんだ。俺さっきから笑ってんじゃん」 「うん。でも、苦しそうだったから、泣いてるのかと思った」 「……、え」 「きみは色んな顔でわらうね。楽しいも苦しいもぜんぶ、笑顔になるんだね」 「………。意味、わかんね。勝手なこと言うなっつーの」 「ほら、また。怒ってるのにわらった」 口許に指をあてて小さくわらう。 …なんだ、これ。なんだ。なんだなんだなんだなん、だ……。 ぐるりと回る。混乱する。あ、やばい、きもちわるい それは噎せ返るような花の香り。胸に詰まった花が押し上がってくる。 ふわ、力強く丸めた指に触れるぬくもり。 広げようとする力は弱いのに、何故か逆らえずに簡単に解けていく。 「……なにしてんの」 「指輪。花の指輪」 「指輪っつか、結んでるだけじゃん」 「だって編み方がわからないんだもの。でも、できた」 右手の小指。付け根の部分にぐるりと結ばれた一輪の白詰草。 無理矢理縛られた茎は、少し力を入れたらすぐに折れてしまいそうで、 「…は、はは、」 ゆっくりと持ち上げて、空に翳して、太陽の陽に透かせば白い花が鈍く光った。 だけど、やっぱり涙は出なかった。 「花冠の作り方、教えてやるよ」 + 「俺そろそろ帰るわ」 「そう。私はもう少しいる」 「なあ、名前教えてくんねえ?」 「ごめんね。私、人に名前は教えないようにしているの」 「なんで?」 「もう会わないから」 「…は?」 「だから私も名前は訊かない」 「んー、俺明日も来ちゃだめ?」 「面白いことを言うのね。ここは私だけの場所じゃないもの、きみがそうしたいならそれでいいの」 「そっか。んじゃ明日もこの時間にいる?」 「そうね」 「だったら明日も会えんじゃん。俺もこの時間に来るし」 「残念だけど、会えないの」 「…や、だって明日も来るんだろ?」 「明日の私と今日の私は別人だもの」 「……意味わかんね」 「そうだね。ばいばい」 楽しそうに笑った彼女に、首を捻りながらもまたなと言って手を振った。
その日は偶然扉が開いていて、わけもわからずに走った俺が偶然そこへ迷い込んだ。 もしかしたら、隔たれたその場所に引き寄せられたのかもしれない。 硝子の壁があるだけで見える景色は同じ。そんな場所で、鍵を閉めてしまいたかったのかもしれない。 top | 02 |