「二兎追うものは一兎も得ず」――だけど実はその二兎が同じだとしたら?



after world



相変わらずぷかぷか浮かんではいるけれど今日はただ浮かんでいるだけじゃない。 双眼鏡を片手に件の一軒家をウォッチング中である。 …ストーカー?いえいえ違います。家出中の幽霊さんを探しているだけです。

「なぁちゃん、つっこんだ方がええん?」
「ノーサンキューです藤村さん」
「双眼鏡なんか使わんでもちゃんなら家の中くらい見えるんちゃう?」
「残念ながら透視能力なんて持っていません。というか疲れるから嫌です」

幽霊らしからぬ切れの良いツッコミが聞こえるけどいつものことながらスルーして家の中へと意識を戻す。
張り込みを始めてから数日経ったけれど、未だに件の幽霊さんにはお目にかかれていない。 入れ違いで上に行ったとかだったらいいのだ。 だけどやっぱりあたしの申し分程度のシックスセンスは幽霊さんがまだこの街にいると思っているらしい。

「家の中入って情報集めるくらいしろよな」
「嫌ですよー。みっくん煩いんですもん」

犬が嫌いなのかと訊かれればそういうわけでもないのだけれど、だからと言って好きでもないわけで、
あたしがこうやって外から観察しているのはまあつまりそういうことです。

ちなみに笠井少年にはまだこの件については何も話していない。 この家の幽霊が彼が探している幽霊と同一とは決まっていないので、はっきりするまでは教えないつもりだ。 あたしなら人には見えないからこうして堂々とストーカー紛いなこともできるけど、 生きている人間である彼の場合不審者としてご近所様に噂されたり、最悪通報される可能性がある。 彼がそんな無謀なことをするかはわからないけど、もしものことを考えたら言わない方がいいだろう。

見えるくせにあたしに探させてることから考えてなかなかイイ性格だと思うけど。



さん、」
「どうもー。遅くなっちゃってすみませんー」
「気にしないで、俺も今来たとこだから」

まるで初デートのカップルみたいなやり取りだけど、幽霊と人間じゃ結ばれることなんてない。
安い恋愛映画みたいだなーなんて思いながら顔にはしっかり営業スマイルを貼り付ける。

「探してはいるんですけどね、まだ光宏さん見つからないんですよー」
「そっか。…うん、そう簡単に見つかるとは思ってないから気にしないで」
「少しでも進展があったらご報告しますー」

嘘は言ってない、嘘は。だってまだ件の幽霊と光宏さんがイコールだと決まったわけではないのだ。

「そういえばさんって、どうしてこっちにいるの?未練があって残ってるタイプじゃないよね」
「未練なんてないですよー。普通に上に行ったんですけど、色々あってまた下に降りてきた感じです」
「色々って?」

訊いてもいいかというニュアンスを含ませて笠井少年は首を倒した。
どうしようかと同じく首を倒すこと数秒、あたしは笑顔のまま口を開く

「えーとですね、不可抗力で死んだのに若いんだから100年くらい働けとか言われて抵抗した結果です」

あたしなりにここまでの経緯を簡単に説明すると、笠井少年はその猫目をくるりと丸めてくれた。ちょっと可愛い。

「……死後の世界も複雑なんだ」
「そうなんですよー。笠井少年も気をつけてくださいね」
「今更だけどその呼び方はもう固定?」
「ご希望がありましたら変更いたしますー」
「じゃあ普通に呼んでくれる?さんのが実際は年上なんだろうけど、少年って慣れなくて」

呼ばれ慣れてたらこっちがびっくりだ。「それに敬語じゃなくていいよ」とのことなのでこの際彼の言葉に甘えることにしよう。
そもそもあたしの敬語はデフォルトではなく後付け、しかもやる気のない語尾が付属するから鬼上司の機嫌によってはお小言の原因になってしまう。 見た目は同年代だけどあたしの場合外見は3年程前でストップしているため、笠井少年のいうとおりあたしの方が年上だ。 確か彼は中学2年生だったから死んだ時のあたしとタメってことになる。

「じゃあ笠井くんね。なんかクラスメートと話してる気分ー」

仕事以外でこうしてのんびり世間話する相手もいなかったしなんだか懐かしい気分。 そういや3年程前から話すときは大抵敬語だもんなあ。そりゃ懐かしくもなるわけだ。 世間話相手としては金髪の関西弁がいるけれど、彼の場合見た目的にも中身的にも確実に年上なのでちょっと違う。

「じゃあクラスメートの好みでよろしく頼むよ」

あー、やっぱりイイ性格してるよお兄さん。
にっこり微笑む笠井少年 基 笠井くんにこちらも負けじと微笑んだ。



「翼さーん。どうですか、家出少年は帰ってきましたか?」
「見ればわかるだろ」
「やっぱり来ませんかー。やっぱりあたしたちに気づいて警戒してるんですかねー」
「お前はソイツの警戒心少しはわけてもらえば」
「何でですかー?てかそんなのわけられませんってー」
「その喋り方どうにかならない?ほんとイライラする」

ご機嫌斜めな翼を前に、彼の機嫌を下降させた原因に気づきながらも素知らぬフリで首を傾げる。
触らぬ神に祟りなし云々、触らぬ天使に祟りなし、だ。――というのは単にあたしの希望で、後者の場合触らなくても祟りに遭うんだから性質が悪い。 相変わらずの少年に気づかれないように苦笑を一つ。

「あっちの事情ペラペラ喋んな。それでなくてもアイツは霊感が強すぎるんだから何かあったらどうすんだよ」

あぁもうほんとに相変わらずだなあ。
いつだって呆れ顔でお小言ばかりの可愛らしい少年は、何だかんだで人のことばかり気にしてるんだ。
姿は見えなかったけれど笠井くんに会いに行ったあたしを翼が監視していたことくらい知っている。 あたしみたいな役割を持つ幽霊は未練があって現世を彷徨う幽霊にとっては邪魔者以外のなんでもないわけで、 そんなあたしと接触した笠井くんになにかあっては大変だ。霊感少年の彼の場合、絡まれる可能性も一般人より高いだろう。

「最終的にボクの仕事が増えるんだからな」

正直者なくせに素直じゃない。
両手を腰にあてて仁王立ちする天使サマに人知れず微笑んだ。