面倒なことは嫌いなので、売られた喧嘩は売り返します。



after world



「どうやらあの犬の名付け親はあの家のちびっこらしいんですよ」

そんなあたしの言葉に見目可愛らしい少年はだから何だとその顔を歪めた。何度も言うけど勿体ない。


「未だ家出中の幽霊さんがこの家に張り付く理由はあのちびっこに関係してるのかもしれませんねー」
「それで?何日経ったと思ってんの?いい加減真面目にやれよ」
「真面目にやってますよーそれなりに」
「あのガキに日本語の使い方教えてもらえ」

鬼上司の手厳しい言葉を真面目に聞くふりして聞き流しつつ脳内にメモをした情報を引っ張り出す。 これといった大きな進展がないのは幽霊さんがちっとも姿を現してくれないからだ。

そろそろ笠井くんとの世間話のネタも尽きてきたことだし、本腰入れて光宏さんを捜索開始といきますか。

――と言ってもこれといった手掛かりなんてものもなく、相変わらずあたしの勘を頼りに捜索場所はこの家一本に絞っている。 無駄な時間を嫌う少年があたしがこの家に張り込むのを許しているんだ、あたしの勘も強ち外れてはないだろう。 資料さえ見せてくれれば一発なんだけどなー。頼むだけ無駄だから言わないけど。


「警戒心の強い幽霊さんを見つけるにはどうするべきか…」

なけなしの良心が痛む気がするからこの手は使いたくなかったけど、これも家出人を連れ戻すためだ。涙を呑んでやりましょう。



そんなこんなで一週間。漸く姿を現してくれた幽霊さんにまずはごあいさつ

「どうもこんにちはー初めまして」
「!……あーなんだ、そういうことか」

突然声を掛けたあたしに驚いたのか、大きく目を見開いた幽霊さんは一瞬の後にくしゃりと笑った。
いくら長年幽霊やってるからって、カラスに話しかけられることなんてないもんなー。
逃げられては面倒なので彼から目は逸らさずに、けれどもほんの数秒ほど意識を逸らして黒い体から抜け出す。 強制的に協力していただいたカラスさんに心の中でお礼を言って、飛び去る音は素早くシャットアウト

「改めましてこんにちは。わたくしと申しますー」
「ご丁寧にドーモ。知ってるみたいだけど俺は光宏」
「お噂はかねがね。噂どおりの爽やかさんですねー」

互いに笑顔を浮かべながらも一定の距離は保ったまま。手を伸ばせばギリギリ届くけれど伸ばさなければ届かない、そんな感じ。

「それよりアイツに憑いてる金髪どうにかしてくれない?」
「光宏さんが逃げずにあたしの話を聞いてくださるのなら」

仕方がないと頷いたなら交渉成立。ぷかぷか浮かぶ藤村さんにご苦労さまですと声を掛ける。 藤村さんがちびっこから離れたのをしっかりと確認して改めて光宏さんへと向き直ると、彼はやっぱり爽やかな笑みを浮かべていた。

「でもまさかこんな風に出てくる破目になるとは思わなかったな」
「生前からかくれんぼも鬼ごっこも苦手なもので、あたしが鬼になると仕方ないからみんなが出てきてくれるんですー」
「ちゃんと探してくれないからじゃない?」
「そんなことないですよー」

必死に探そうともしないで無理やり引っ張り出すなんてイイ御身分だな。――今の会話を意訳するとこうなる。

でもちっとも姿を現してくれないんだから自ら出てきてもらうしかないじゃないか。ていうかメンドクサイ。
そういうわけで常に暇そうな藤村さんにお願いしてちびっこに取り憑いてもらい、 あたしはあたしでその日の気分で色んな鳥に取り憑いて光宏さんの出方を窺っていたのだ。 結果はご覧のとおり、取り憑かれたちびっこが徐々に憔悴していくことに気がついた彼が痺れを切らして現われたところをあたしが捕まえてゲームセット
反則技だなんてこの際どうでもいい。終わりよければ全てよし。なんて良い言葉なんだろう。
……捕まえたというか漸く会えただけで実際は終わってないんだけれど、

「でもどうして隠れたりしたんですか?あのちびっこが生まれてからずっとこの家を見守っていたんでしょう?」
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ」
「時間があったので調べさせていただきましたー」

得意の営業スマイルを浮かべるあたしに彼が浮かべるのは眩しいほどの爽やかスマイル。
死んで尚そこまで輝けるのも凄い。きっと生前の彼の笑顔は今以上の攻撃力だったんだろう。

「小鉄――アイツは俺の親友の生まれ変わりなんだ」
「生まれ変わり?」
「あぁ。俺が死んでからもう何十年も経ってるからさ」
「随分大切な方なんですねー。でもそれならどうして隠れたんです? ずっとこの家を観察していたあたしが光宏さんを見つけられなかったってことは、あなたはこの家の近くにはいなかったということ。 生まれてからずっと見守り続けている親友の傍から離れるなんて初めてだったんじゃないですか?」
「初めてだよ。…あの犬、小鉄と同じ日に生まれたんだけどすごく頭が良いんだ。 生まれてからずっと一緒にいる俺のことも家族だと思ってるみたいで、言葉は理解できないけど顔合わせるたびに話しかけてくる」

犬の言葉が理解できないのなら話しかけられてもわからないんじゃ?
光宏さんは不思議そうに首を傾げるあたしに気づくと楽しそうに笑った。

「こっちも長年一緒にいるわけだから言葉がわかんなくても態度で何となくわかるんだよ。 だから俺、がここに張り込むようになってからはここから離れたアイツの散歩コースに隠れてたんだ」
「……なるほど。それであたしがここからいなくなったことと、ちびっこが取り憑かれていることに気づいたんですね」
「そーいうこと」

得意げな様子に頷きながら頭の中を整理する。
つまり彼は散歩にやってくる犬の態度であたしがまだ家を見張っているのかどうかを確認し、 更に犬の散歩をしているちびっこに妙な金髪がくっついているのを見て心配で姿を現したわけだ。 いやはや美しき友情かな。だけど思ったよりあたしの良心は痛んでいないらしい。

「アンタが隠れてるかもしれないから取り憑かれてるのに気づいてからも暫く様子見てたんだけど、」
「ちびっこから吸い取った生気は金髪さんが全て返したのでご安心をー」
「なら良かった」
「手荒な真似してすみませんー。でもこっちも仕事だったもので」
「……竹巳が俺のこと探してんだろ?」
「やっぱり知ってたんですねー」
「幽霊のネットワークだって捨てたもんじゃないぜ」
「なるほど。それなら彼があなたを探していた理由も知ってますよね?」

その問いにしっかりと頷いた彼は、あたしの目を真っ直ぐ見つめてはっきりと告げた

「竹巳には会えない…怒ってるとかじゃないんだ。――だけど、会えない」