つまりアレです、暇つぶしがしたいんです。



after world



霊感少年 基 猫目な笠井少年の話はこうだ。
10年程前に「もう二度と俺の前に現れるな」的なことを言ってしまった幽霊に会ってその時のことを謝りたいらしい。 人並み外れた霊感を持って生まれてしまった彼は幼い頃から随分と嫌な経験をしてきたらしく、そんな頃に出会ったのがその幽霊なんだとか。

「とまあ、こんな感じなんですけどー」

あたしのゆるーい説明に上司である天使サマはその名に相応しい極上の笑みを浮かべてのたまった。

「冗談も休み休み言えよ」

「………冗談ではなくてですね、」
「じゃあ何、まさか本気で手伝うとでも言うわけ?」
「本気ってほどでもないんですけど、ほんのちょっぴり手伝おうかなあ、なんて」
「人助けなんてしたところで何のメリットもない」
「その幽霊を探したらこの辺の幽霊スポットを教えてくれるそうですー」
「それがメリット?笑わせんな。アイツに教えてもらわなくても自力で見つけられるだろ」
「そうなんですけど、」
「それにソイツも何なの?あれだけ霊感強いんだったら自分でなんとか出来るだろ。 そもそも二度と現れるなって言ったのは自分の癖に、今更会いたいなんて虫が良すぎるんじゃない?」
「……ですよねー」
「わかったらさっさと働け」

取りつく島もない少年の言葉にそれでも取りついてやろうと首を捻る。
メリットも何も、どうせ翼は何もしないじゃないか。…そりゃあ偶に助けてもらったりはしてるけど、それでも基本は気楽な傍観者のくせしていっつも文句ばっかり。

「言いたいことがあるなら口で言えば」
「何でもないですよー。てか、藤村さんはどこに行ったんですか?」
「アイツならが戻ってくる前に消えたよ」

幽霊の名に相応しく神出鬼没の藤村さんは、いつだって突然現れて気がつくと消えている。 この場に彼がいれば少しは援護射撃を望めたものの、肝心な時にいないんだから話にならない。 今度会ったら一発お見舞いしてやろうと決意を新たに少年へと向き直る。

「とにかく、偶には人助けしたって良いじゃないですか。普通に幽霊捕まえて上に連れてくより楽しいですよ」
「お前最後のが本音だろ」
「バレましたー?それに笠井少年が会いたがってる幽霊見つけたらもしかしたらあっさり上に行ってくれるかもしれませんし」
「そんな何年も現世ふらついてるヤツがあっさり従うかよ」
「細かいことは気にせずに。てか、翼さんだって楽しいこと好きでしょう?」

3年とちょっとで鍛えた営業スマイルをぴたりと貼り付けるあたしにやっぱり彼は呆れ顔
けれど、大きな溜息を零したあとに少しだけ楽しそうな笑みを浮かべた。

「わかってると思うけどボクは一切手伝わないぜ」
「わかってますよー」
「それなら勝手にすれば。その代わりアイツに関わってる間に必ず一人は上に連れて行くこと」
「えー」
「えー、じゃない。当然だろ」

相変わらず仕事熱心な鬼上司に溜息の代わりに苦笑を零し、後のことはそのとき考えることにして一先ず素直に頷いておく。
どこか満足気に笑った翼に、やっぱり自分だって興味あるじゃん、と人知れず呟いて再び笠井少年のもとへ


「お待たせしましたー」
「大丈夫。それより話はついた?」
「ばっちりです。ということで、笠井少年の人探しならぬ幽霊探しにお付き合いしますねー」
「ありがとう。今更だけどキミの名前聞いてもいい?」
「これはこれは失礼しました。わたくしと申しますーどうぞお見知り置きを」
さんね。改めまして笠井竹巳です。どれくらいの付き合いになるかはわからないけど、どうぞよろしく」

極々自然に差し伸べられた右手に思わずこてりと首を傾げる。
こちとら幽体になってから握手なんてものを交わしたことがないわけで――というか、人間だった頃も握手なんて滅多にしなかった。 だから彼の手を握り返すこともなく凝視してしまったわけだけれど、笠井少年は気を悪くした様子もなく微笑んで自らあたしの手を掴んだ。 ………掴んだ? どうやら彼は本当に霊感が強いらしい。幽霊に触れることが出来る人間なんてそうそうお目にかかれたもんじゃない。

「俺、昔から幽霊も人も同じように接することが出来るんだ」
「それはすごいですねー。3年程幽霊やってますけど、ここまで強い力の人に出会ったのは初めてです」
「ありがとう。俺も、さんみたいな珍しい幽霊に会ったのは初めてだよ」

お互いの手を握ったままそんなやり取りをしていたけれど、ふと斜め後ろから突き刺さるような視線を感じて慌てて手を放す。
のんびりしてないでさっさと働けってか?翼の仕事への情熱が少しでも別のものへ向けられれば良いのに!
監視役である少年の視線をびしばし感じながら本題に入ろうと口を開く

「それでですねー、もうちょっとその幽霊さんについて詳しく教えてもらっても良いですかー?」

出来れば外見とか名前とかしっかり覚えていてくれると助かる。
名前が分かったところで今回も鬼上司の協力は仰げないので資料を見ることは出来ないが、 それでも藤村さんとかここら辺をふらついている幽霊に聞けばわかるかもしれない。

「光宏って言うんだ。見た目は多分、今の俺と同じくらいだと思うけど…」
「光宏さん。…あぁそうだ肝心なこと言い忘れてましたー」
「なに?」
「その、光宏さんと最後に会ったのって10年程前なんですよね? 結構経ってますから、もしかしたら彼もう現世にはいないかもしれません。それでも良いですか?」
「……成仏してるならそれでいい。でも、まだいるなら会いたい」
「わかりました。現世に留まる大抵の幽霊は一定の場所からあまり遠くまで行くことは出来ないので、上へ行ってないならまだこの辺りにいると思いますよー。 ちなみに彼の行動範囲はどれくらいで?」
「そうだな、アイツの場合俺の行く先々に現れたから……少なくともこの街の中は好き勝手動けるんだと思う」
「結構活発な方なんですねー」
「うん。いっつも笑顔で俺が無視しても楽しそうについてきた」

遠い記憶を思い出したのか、楽しそうに、嬉しそうに、彼はその頬を緩めた。
やっぱり人間っていいなー。こんなことを呟いたらきっと可愛らしい少年が「それならさっさと仕事しろ!」と怒声を浴びせてくれるだろう。