コーヒーカップを高速回転させたときと同じような気分だ。



after world



割って入った予想外の声に肩を揺らすとほぼ同時、がしっと両肩を掴まれて視線を上げれば昭栄さんのドアップ。
待て待て待て待て、近い以前に怖い。眼鏡の奥で光る目が血走ってる。
肩がへこむんじゃないかと思うほどの痛みを感じて顔を歪めるも、昭栄さんが引く様子はない。せめて加減してくれ。

「ちょっ、昭栄さん痛いです…!」
「椎名がいのーなったら困るったい!仕事が溜まっちカズさんの負担ば増えると!」

カズさんを心から慕ってるのはわかったからマジでいい加減にしてくれ。生身の身体だったら骨折れるんじゃないのこれ?
しかも前後に揺らし始めやがったから頭は揺れるし視界はぶれるしで気持ち悪い。殴ってもいいかな。

「高山!」
「せからしか!こん5年でカズさんがどぎゃしこ働いたと思っとお!?これ以上働いたらカズさんが過労死ばい! 椎名が帰っち来てやっと休めるんにまた連れてくなんて俺がさせん!」
「やめりぃショーエイ」
「止めんでください!」
「俺が止めろっち言っとうけん、聞こえんのか?」

地を這うような声色に恐れをなしたのか、忠犬の暴走はぴたりと止んだ。 同時に揺れも止まるけれど、肩から手が外されたことで支えをなくし体が傾く。

!」
「……きもち、わるっ」
、悪かったな。コイツは頭ば弱か、一つのことしか見えんたい」
「こちらこそ、みなさんの都合も考えずにすみませんでしたー」

ぐらりと大きく傾く前に素早く2本の腕が伸びてきて前のめりになった体を支えてくれた。 身長差がほとんどない少年の肩に頭を乗せ、肩越しに見えるカズさんに苦笑い。 ちらりと視線を動かせば真っ青になっている昭栄さんが見えた。カズさんに怯えているのかあたしに対しやっちまったと思っているのか判断しかねる。 ゆっくりと深呼吸を繰り返していれば気分も落ち着いたので、頭を持ち上げて翼から離れる。その際感謝を述べると鼻で笑われた。酷過ぎる。


は椎名に転生せろ思っちょお?」
「出来れば。ずっとココにいたって退屈ですから」
「ボクは「椎名は黙らんや」…ちっ、」

二度も言葉を遮られた天使サマはご立腹だ。神様相手に舌打ちってどうよ。そういやこれも二度目な気がする。
不服そうではあるものの口を噤んだ翼を一瞥すると、カズさんは改めてあたしを真っ直ぐ見やった。 彼が座る玉座は階段の上にあるので、自然と見上げる形になる。ちょっと首が痛い。

「コイツはと同しで寿命じゃなかんに親より先に死んやけん。しかも自ら命ば捨てたとあっちゃあそん罪はばり重か。だけん、楽に転生は出来ん」
「わかってます」
「しかも望んで転生ば拒否しとる。コイツは優秀やけん働いてくれると助かるとよ、簡単に手放すつもりはなか」
「…じゃあ、翼さんはずっとココで働き続けるんですか?」
「コイツが自分ん意思で転生したばいっち言わん限り永遠んただ働きや」

そこで漸くカズさんはあたしから視線を外し、その隣の少年へと視線をやる。
同じく隣に視線を移せば、翼は静かに目を伏せ、やがてそれを持ち上げるとともにゆっくり口を開いた。

「ボクの意思は変わらない…と思ってたけど、高山みたいなバカの世話するのも疲れたし罪を償い終えたら転生してやっても良いよ」

どこまでも上から目線。視線は前を向いているが、きっとあたしに向けた言葉なのだろう。
大きく息を吐き出す音に再び前を見れば、玉座に座ったカズさんが楽しげな笑みを浮かべていた。

「次ん神ば任せるつもりげなに、別んヤツば探すこつになりそうだな」
「当分お前が神だろ」
「俺も早よ楽になりたか」
「そげなこつ言わんでつかーさい!カズさんばいのーなったら寂しかあ!」
「せからしか。お前はに謝っちさっさと仕事に行け」
「のお!ちゃん、さっきは悪かったとね。俺のこつ嫌いになりよった?」
「や、別に嫌ってないですよー」
「良かあ…!俺はもう行くばってん、椎名んこつよろしゅうな」
「ちょっと高山、お前にそんなこと言われる筋合いないんだけど」
「素直じゃなかなー。そいじゃカズさん行っちくるたい!」
「おう、さっさと行けや」

シッシと犬を追い払うように手を振るカズさんの態度にもへこむことなく、昭栄さんはぶんぶんと手を振って走り去って行った。
嵐が去ったとはまさにこのことか。彼がいなくなると一気に静かになる。 ふう、と息を吐き出しているあたしに上から声が降って来た。

「椎名が転生する気になりよったんはんお陰だな。だけん、言い出したにも責任あっけん」
「責任、ですか?」
はもう転生するんだから関係ないだろ」
「そうはいかん。には椎名ん罪ば一緒に償っちもらう」
「なっ…!」
「ココでは俺が法律だ、文句は言わせん」
「…あのう、あたしは何をすれば良いんですか?」

噛み付こうとした少年を俺様発言でさらっと流した神様は、あたしの質問にニッと口角を上げた。……なんだろう、嫌な予感しかしないんですが。

「現世に降りて彷徨っちょる幽霊ば連れて来い、そいと人手不足ん時は上でも働いてもらうぞ」
「……ちなみに人数や期間は?」
「見合った働きになるまでやけん決まっちなか」

まさに死刑宣告。14人でも大変だったのに、今度は無制限だなんて!何人連れて行って何年働けば解放されるのやら。
がくりと本気で肩を落とすあたしに隣の少年は鼻で笑った。前言撤回って出来ないのかなー?

「救いようのないバカだな」
「な「なに、まさかボクの為とか言わないよな?恩着せがましい。ボクはそんなこと頼んだ覚えないんだけど」〜ッ言いませんよーだ!」
「働き手が増えて助かるとよ。噂によると中々ん名コンビげなし、精々頑張りぃ」

楽しそうに笑うカズさんが恨めしい。生前やんちゃしてた人たちの頂点に立つ人だもん、そりゃイイ性格してるわけだ。
もう一度吐き出した溜息は最終的に笑い声へと変わった。