さよならの前に伝えたいのは、



after world



さっきまでキラキラして尻尾を千切れるくらい振っていた犬、基 高山さんは雷に打たれたようにビシッと背筋を伸ばして固まった。
いい加減あたしの手を握るの止めて欲しい。正直力が強くて痛いのだ。

「俺はなんばしよっと言うたと。誰がん手ぇ握れ言った?あぁ!?」
「すすすんませんカズさん!」
「お前みたいな無駄に図体んデカイんが迫ったらが怯えるこつくらいわからんのか!」

寛大だと思ってた神様は、結構怒りっぽい人だったらしい。
内容的にあたしを気遣ってくれてるみたいだけど、あたしまで怒られてるみたいで妙な気分だ。
自由になった右手で頬を掻き、どうしたものかと隣にいる可愛らしい少年を見やれば、彼は動じることなくデフォルトの呆れ顔で2人を見ていた。 十中八九、呆れられているのは高山さんだろう。

「あのー神様?あたしなら大丈夫なので、それくらいで」
「俺んこつはカズでよかよ。神様なんてむず痒か」
ちゃんちゃん!俺も昭栄でよかばい」
「黙らんねショーエイ」
「すんません!」

びしっと敬礼をした高山さん改め昭栄さんに翼が鼻で笑った。見事なまでの忠誠心、てか調教された犬みたいなんだけど。

「神なんて大袈裟たい。俺も前までは普通に働いとったと」
「そうなんですか?」
「おう。それに椎名がん担当ばならんかったら、今頃ここに座っとったんは椎名やったぞ」

神様 改めカズさんの言葉に驚いてぐるんと首を回すと、視線の先の少年は不機嫌そうに眉を顰めた。
翼が神になったら大変なことになると思うの。絶対王制、まさに暴君。 そんなことを考えていればべしりと頭を叩かれた。痛い。

「なにするんですかー」
「失礼なこと考えてただろ」
「絶対王制について少々」
「へぇ、そんなこと言うのはこの口?」
「いひゃいいひゃい」

両側から頬を思い切り引っ張られて慌てて少年の手を掴む。 あんまり伸びるタイプの頬じゃないのに無理矢理引き伸ばそうとするから口が裂けるかと思った。 解放された頬を押さえて翼を睨みつけていれば、前方から噴き出すような笑い声が響く。

「そげんしとると年相応に見えるな」
「ウルサイ。それより高山ほっといていいわけ」
「静かやけ忘れとった」
「そんなカズさん酷かあ!」
「せからしか、さっさと言わんね」

ギャイギャイと吠える昭栄さんを軽く流して用件を言わせているカズさんをぼんやりと眺めていると不意に声を掛けられて視線を向ける。

「お前いつまでここにいるつもり?」
「…あ、」
「バカだろ」
「否定できないのが悲しいです」
「さっさと行きなよ」
「はいー…あ、でもその前にちょっと質問して良いですか?」
「何」

早くしろと言わんばかりの翼にやる気なく笑う。どうせ忘れちゃうけど、でもスッキリして行きたいじゃないか。
さっきより一段と騒がしくなったのはカズさんが雷を落としているからだろう。何したんですか昭栄さん。

「神様ってどうやって決めるんですか?」
「指名制。神が好きなヤツ選ぶんだよ」
「なるほどー。じゃあ翼さんは前の神様に気に入られてたってことでしょーか?」
「知らないよ。でもあのオッサンがさっさと隠居したいってぼやいてたのは知ってる」
「へー、交代の時期って決まってるんですか?」
「転生の期限が来るまでじゃない?」
「…期限?」
「生前悪さしたヤツは働いて罪を償うことになってるだろ。 ココで働いてるヤツラはみんなそう、最初に告げられた期間を全うして転生できるようになるまで働くんだ。 だから長くいるヤツほど罪が重い。ま、上の立場になれるヤツは長くいるって言っても殺人とかはしてないけどね」
「……てことは、」
「功刀も高山もお前が慕ってるマサキも生前はそれなりの悪さしてたってこと。ついでに前神だったオッサンもな」
「………うわあ複雑な気分ですー。ちなみに人様の命を奪っちゃった方はどうしてるんですか?」
「性質の悪いヤツラは隔離された場所で働いてるよ。それ以外で普通に転生の順番待ちしてるヤツラはそこら辺で寛いでるし」
「天国と地獄が同じ場所にあるんですねー」
「そういうこと。が最初に並んだあの場所とか功刀がいるここはどっちでもない中間地点」

地上にいる時間のが多かったから上の仕組みについては知らないことだらけだ。
天国に属するのが天使、地獄に属するのが悪魔、そして死者を連れて行くのが死神、
あたしみたいに上に連れて行く役割を持つ幽霊の呼び名が一つじゃないのはそういうことか。
納得しているあたしに「もう良いだろ」と声が掛かる。さっさと行けと言いたいみたいだけど、残念ながらまだ一つ残ってる。

「翼さんは本当に転生する気がないんですか?」

いつの間にか騒がしいBGMが止んでいて、あたしの声が良く響く。
視線の先の見目可愛らしい少年はその可愛らしい顔を盛大に歪めるかと思ったけれど――

「なに、一人じゃ寂しいの?」
「……」
「冗談だよ。前に言っただろ、ボクは「そうだって言ったら、転生してくれますか?」…は?」

目を丸くした翼にへなりと笑う。本音を言えば寂しいとは違うけど、それで頷いてくれるならそういうことにしてもいい。
…ま、簡単にいくとは思ってないけどね。罪を償い終えてない可能性もあるし―だけど、噛み付いてきた相手は予想外だった。

「なん言うとーと!?そげなこつ絶対許さん!」