過去は過去、さっさと水に流すのが一番。



after world



「現世に降りて最初に身体を見に行ったけど、見ただけでお前なにもしなかったよな」
「目の前で自分のビフォーアフターを見るのはとても貴重な体験でした」
「茶化すな」
「…仰るとおりです。一度も会いに行ってませんよ」

わざとらしく肩を竦めて見せるが鬼上司の表情は変わらない。一体なんだって言うんだ。 意味がわからず眉を寄せれば、今度はあからさまに溜息を吐かれた。ほんとに何ですか。

「良い機会だから行っとけ」
「何でですかー。てか今更だと思うんですが」
「いいから」
「……、意味がわかりません。今回に限って帰らせようとしたのも、夢の中に行かせようとするのも。 あたしが藤代との約束を破ろうが翼さんにはどうでもいいことでしょうし、 家族に会いに行かなくても翼さんにご迷惑は掛からないでしょう?」

もう5年も経ってる。あの人たちの夢にあたしが登場したことはあるかもしれないが、あたしが会いに行ったことはない。 それを今更行ったところで何になるって言うんだ。うっかり死んでごめんとでも言えばいいの?それこそ今更じゃないか。
口には出さずとも翼のことだ、あたしの気持ちくらいお見通しだろう。顔を顰めるあたしに再び大きな溜息。え、何これあたしが悪いの? ますますムッとしてしまうのは仕方がないと思うの。

「わかった。が会いたくないなら無理にとは言わないよ」
「…理由は教えてくれないんですか?」
「訊きたいの?」
「……教えていただけるのなら」

訊きたいから言ってんだろコノヤロウ、とは言わない。てか言えない。 いつも通り下手に出れば、少年は満足そうに笑って口を開いた。



車の音も滅多にしなくなった夜、家に入って家族の様子を窺う。 どうやら次女が実家に住んでいて長女は仕事が休みで帰省中だったらしく、今現在家の中には家族が揃っていることになる。 揃っているというのは幽霊サイドのあたしも含まれ――そして勿論、同じく幽霊であるおじいちゃんも含まれる。 何かおじいちゃん、家に来る前に友達とかの家巡りをして来たらしい。どうりで見かけなかったわけだ。 友達多いからね、物凄くゆっくり来たあたしより遅くなるのも仕方ないよね。……うん、楽しそうだったからよし。
そんな祖父は現在祖母の部屋というか、2人の部屋である和室にいる。愛妻家って素敵だと思う。 昔は一緒にお風呂に入った仲なので、体のどこか…腕?に祖母の名前を入れてあることは知ってる。確か家族全員知ってた気がする。 てか刺青入れたのっていつ?戦後?背は低いけどおじいちゃんはイケメンの部類だと思うの。 贔屓目もあるけれど、運動も出来て頭も良くて人望もあったのは事実だ。若かりし頃の白黒写真はとても素敵でした。歳を取っても素敵だったけどね!

「なに百面相してんだよ」
「すみません、おじいちゃん子なものでつい」
「意味わかんないんだけど」

何だかんだでおじいちゃん子は健在だったらしい。てかあたしの中で祖父はヒーローになりつつある。
身内はおじいちゃんのこと大好きだからなー。祖父の話をしたら笑いが止まらなくなるのは間違いない。 ユーモアもあって話題性にも欠けない、ある種アイドル的存在なのだ。

「気持ち悪い顔してないでそろそろ行けば?」
「さり気なく酷いです。…どうやら姉も寝たみたいですねー」

家の中の気配を探れば、やっと全員が眠りについたようだ。
同じことを5回もするのは面倒なので一度に纏めてしまおうと思います。無駄は省くに限る。

「ちゃちゃっと行ってさくさくっと帰ってきますー」
「どうでもいいからさっさと行け」

蹴飛ばされた勢いで首だけ振り返った状態で落ちて行くことになってしまった。 首が痛くなるのはご免なので慌てて正しい位置へと戻しつつ重力に逆らわず流れに身を委ねていればやがてふわりとつま先が地面に触れた。
ぼやけていた視界が徐々に開けて5人の人影が浮かんでくる。
優秀な上司サマの協力を得て、彼らの世界を繋がせてもらったのだ。これなら一度で終わるでしょう? 何を話すかなんて特に決めてないんだけど、まぁなるようになるだろう。だって家族だし。「!」名前を呼ばれ思考を打ち切る。流れに任せるのが一番だ。



「ただいまでーす」
「早かったな」
「宣言通りさくさくっと帰ってきましたー」

いつものことだがお帰りとは言ってくれない少年にへなりと笑う。過去最短記録だと思うけど、ちゃんと話してきたから問題ない。
あたしの物捨てて良いよとか写真変えてくれとか、彼にとってはクダラナイ話が多かったかもしれないけれどそんなのスルー。

「じゃあさっさと戻りましょうか…あ、藤代のとこ寄らないと」

さっき聞いた話によると、いつぞやの幽霊モドキ事件以来アイツはあたしの月命日にわざわざ家まで線香をあげに来ているらしい。
サッカーが忙しいだろうにご苦労なこった。てか大学生になれたことに驚きなんだけど。
取敢えずアッチに帰る前に寄るという約束くらい果たしてやろう。おじいちゃんに別れを告げて向かうはヤツの眠る家――


「あれ、!?」
「そんな大声出さなくても聞こえてるから」
「久しぶりだなー。ほんとに来てくれるとは思わなかった」
「相変わらず信用ないわけね」
「そーでもないよ。家にはもう行ったんだよな?」
「机の上に置かれたサッカーボールなら確認済みだけど」
「なくなると困るっておばさんが言うからさ」
「ま、なんかアンタ有名みたいだしお墓に置いといたら盗られる可能性はあるでしょ」

片付けられた机の上に見覚えのないサッカーボールが飾られていたのを思い出す。 汚い字で藤代のサインと思われるよくわかんない文字とあたしの名前、そして簡単なメッセージが書かれていた。 ちなみにコイツは本当に試合後のインタビューであたしの名前を出したらしい。ばかじゃないの。

はまだ仕事してんの?」
「してたけど今日で終わり。このままアッチに戻るよ」
「…そっか、じゃあもう会えないんだ」
「何その顔ちっとも可愛くないから」
「ひっでー!」

言葉とは裏腹にその顔は楽しそうな笑みを広げている。変わらない青い世界、変わらない笑顔。
会いに来て良かったと、自然に笑みが零れた。

「じゃあもう行くね」
「…ん、またな」
「またはありませーん」
「そこは嘘でもまたねって返せよ」
「……またね、藤代。ありがとう」

あたしにしては上出来な笑顔を浮かべられたと思うんだ。藤代は一瞬驚いて、でもすぐに効果音が付きそうな明るい笑顔を浮かべて手を振った。 この笑顔を忘れるのはちょっと寂しいかもしれない…なんて、嘘だけど。 夢の中から戻れば不機嫌顔の鬼上司が出迎えてくれた。当然だがちっとも嬉しくない。