こう見えてノミの心臓だったりするんです。 after world
永遠の14歳。5年とちょっと前から始まったこの幽霊生活もいい加減終わりを迎える予感というか、 終わらせないと斜め後ろから視線という名の凶器を突き刺してくる可愛らしい少年がお怒りになること間違いないので頑張りたいとは思ってます。 ……いや、ね?ほんとに思ってはいるんだけど、実際そう上手くいかないのが世の中というわけで、 「ねぇ、あと何年経ったらボクは上に戻れるわけ?」 「えーと…1年以内にはたぶん」 「長い」 「だって何年って訊いたじゃないですかー」 今日も今日とて不機嫌オーラを惜し気もなく放っている天使サマを振り返ると、彼はその可愛らしい顔を歪め溜息を一つ。 人の顔見て溜息とかどんだけ失礼なんですかとか、思うところは沢山あるが今更なのでスルー。 「厭味くらい気づけよ」 「鈍感なもので」 「ほんとお前イイ性格だよな」 「ありがとうございますー」 「皮肉って言葉知ってる?」 普通にしてても可愛い顔の少年が笑えばその可愛さが何倍にもなるのは当然のこと。 破壊力抜群の笑顔を披露してくれた少年とは比べ物にならない笑みを浮かべて素早く顔ごと視線を逸らす。 上司に鬼のスイッチが入る前に幽霊でも探そうかな―「 」。移動しようかと一歩踏み出す前に聞こえた声に再び翼へと顔を向ける。 「…はい?」 「なに」 「何って、今呼びませんでしたか?」 「呼んでないけど」 「え、でも……あーそっか、そんな時期なんですねー」 「…どうすんの」 「別にどうもしませんよ、いつも通りです」 「今度は帰るってアイツに言ったのに?…ま、ボクには関係ないけどね」 どうやらあたしにプライバシーはないらしい。夢の中まで監視されてたとは恐れ入りました。 1年程前の青い世界での会話を思い出せば自然と苦笑が漏れる。「今度のお盆」が来るのもあっという間だったなー。 「お前の地元まですぐだけど」 「だからいつもより大きく聞こえたんですね」 「で?」 「……牛で行って馬で帰ることにしますー」 本来は行きが馬で帰りが牛なのだけれどそんなの知らない。つまりはゆっくり行ってさっさと帰って来たいのだ。 14年間育ったあの家が嫌いというわけではないけれど、今更あの家に長居したいと思うほどの愛着も湧かないというのが本音。 家族の顔を見て青い世界にちょっとだけお邪魔して終わりにしたい。 普段は働け働けと口煩い上司もこの時だけはあたしの意見を訊いてくれる。…今回はいつもと違って帰れと暗に含められていた気がしないでもないけど。 「翼さんも来るんですよね?」 「当然。ボクが行かなきゃ監視役の意味がなくなるだろ」 「でしたら一つだけお願い聞いてもらっても?」 「内容による」 「あの家にいる間はあたしの前からいなくならないでください」 矛盾なんかしていない。ほら、その証拠に少年は呆れた顔で頷いた。 たとえ隣にいようが見えなければいないと判断してるので、要は姿を消すなという意味なのだ。 了承も得られたことだし、のんびりゆっくり帰るとするか。 「あー、なんか変わってない」 ぐるりと家の周りを見てから中に入るが、私が生活していた頃と大きく変わった所は見つからない。 姉と一緒に使っていた子供部屋なんて、あたしが散らかしていた物こそ片付けられてはいるが、あたしが使っていた物などはそのままだ。 部屋を広くするチャンスなのに勿体ない。邪魔だし誰も使わないんだから捨てるなり何なりすればいいのに。 そんなことを思いながら家の中を徘徊していれば、ふと見慣れた顔と目が合って思わず眉を顰めた。 平平凡凡な容姿なのはわかってるけど、せめてもうちょっとマシなのがあったと思うの。 仏壇に飾られた自分の写真からすぐに目を逸らして隣に並ぶ祖父の顔やら割り箸の刺さったキュウリとナスを眺めていると車のエンジン音が近づいて止まった。 「何してんのさ」 「誰か帰って来たみたいなので出て行こうかと」 「見えるヤツいないだろ」 「そーですけど、ちょっと心の準備が必要というか何というか」 「ふうん、逃げんの?」 いつかあたしが言った台詞だなー。へなりと笑って頷けば溜息で返される。 あの時とは状況が全く違うし逃げると言っても外に出るだけだから問題ない。ガチャリと鍵を回す音を背に家の中から抜け出した。 「バカだバカだと思ってたけどここまでバカだとはね」 デフォルトの呆れ顔というか、呆れ果てた顔を披露する少年にやる気のない笑みで応える。 てか今3回も罵られたんだけど。どうせ同じ単語なら一度に纏めて欲しかった。 「なんか泥棒の気分だったんですよー。人が来たら逃げなきゃ的な」 「自分の家に盗みに入ってどうすんだ」 「細かいことは気にせずにー」 縁側のように居間の外に設けた木製の長椅子に腰掛けてちらりと後ろを振り返ればガラス越しに家の中がよく見える。 住宅街の一角にあるこの家に越してくる前の家にも、この縁側モドキを設置していた気がする。 と言っても引っ越したのは小学生にもなる前だったし、前の家の記憶は薄れてるというか曖昧というかそんな感じだ。 「みんな元気そうで何よりです。さて、顔も見たしさっさと帰りましょう」 「2人足りないだろ」 「姉は2人とも成人してるしそれぞれ家を出てるんじゃないですかねー。待ってたって時間の無駄です」 長女の方はあたしが中2の時には学校の関係で一人暮らしをしてたし、次女だって似たようなものだろう。 …あ、でも部屋に充電器とかあった気がする。てことは少なくとも片方は実家住まいってことだろうか。 「この時期なら帰省してるんじゃない」 「働いてる筈ですからどうでしょーね」 「…何、そんなに会いたくないの?」 「微妙です」 「何それ」 「仲が良くなかったというか、姉のことはあまり好きじゃなかったんですよ。 だから待ってまで顔を見たいとも思わないというか、まぁそんな感じで微妙です」 訊いたくせに興味なさ気に相槌を打つ少年を尻目に買い物袋の中身を広げる母と祖母を眺める。 ちなみに父はさっさと二階へ上がって行った。あの人は昔からそういう人だ。亭主関白というか何というか、娘には甘いけど妻への態度はよろしくないタイプ。 あたしはこの家では冷めてると認識されていて、家の中では黙っていることが多かった。 だって特に話すことないし、あたしが言う前に勝手に決められるし。頷くか首を振るかすれば割と会話って成り立つ。 家族のことはあまり好きではなかった。おじいちゃん子だったけど、思春期になって昔みたいに甘えられなくなったし。それにあたしが死ぬ頃にはおじいちゃんもいなかったしね。 「お前、一度も会いに行ってないだろ」 「今こうやって来てるじゃないですかー」 「そうじゃなくて、夢の中に行ってないだろ」 そういえばおじいちゃんが亡くなってから会いに来てくれるまで数ヶ月かかったなー。 ぼんやりとした夢の記憶を思い起こしながら曖昧に笑った。 |