縛られてるのはそっちでしょう?



after world



「……なに食べたらあんなに男前になるんでしょうね」
「お前は草でも食ってろ」

黒川さんが消えた空を見上げてぽつりと呟けば辛辣な台詞とともに鼻で笑われた。 「食べたくても食べれませんよー」と言ったら今度は呆れたような溜息。 今のは幽霊だから何も食べられないという意味で、決して草が食べたいわけじゃない―と、あたしの名誉のために記しておこう。

「マサキにどんな入れ知恵されたか知らないけど余計なことすんなよ」
「余計なことって例えばどんなですか?」
「ここ最近で随分イイ性格になったんじゃない?」
「近くに素晴らしいお手本がいらっしゃるお陰ですかねー」

へなりと笑うあたしに比例するように少年の顔は歪む。さっきまでの和やかな空気が一気に払拭されたけど気にしない。
だって男前なお兄さんに背中を押されたというか遠回しに頼まれたとあっちゃスルーなんてしていられないし。

「玲さんの寿命、明日だそうですね」
「…それが何」
「このまま会いに行かずに彼女が転生するのを待って、それからまた見守り続けるんですか?」
「言いたいことあるならハッキリ言えよ」
「じゃあ遠慮なく言わせていただきます。『俺の知ってる玲じゃない』?―何ですかソレ。 翼さんと一緒に過ごした彼女と今の彼女が別人なことくらいとっくにわかってたじゃないですか。 ずっと見てた翼さんならそれこそ痛いほどわかってますよね。だけど、それでも見守ってたんでしょう?それもずっと。 今の彼女も、その前世も、その前の前世も…翼さんが上に行ってそれなりの立場になってからずっとずっと見てたんでしょう?」

こちらから視線を逸らすことはしない。逸らしたら負けだと思うし、他人が他人の深い部分に口を挟むなら逸らしちゃいけないと思う。

「見てたなら知ってるじゃないですか。今の玲さんのこと、ちゃんと知ってる。 翼さんは彼女がココにいたことだって知ってたんですよね?だけどあたしがココに来ることを止めなかった。 それって、一目見たかったからじゃないんですか?遠くからじゃなくてちゃんと間近で見たかったからココに来た。 …でも彼女が見える人だったのは予想外で、彼女に気づかれたくないから逃げるように姿を消した」

「虚しいなんて嘘。――何かの拍子に思い出されるのが怖かったんでしょう?」

これは玲さんに限らず翼が見守っていたという他の人たちに対しても同じだろう。
静かに紡ぐあたしから彼が目を逸らすことはなく、その射るような鋭い視線とあたしの視線はぶつかり合ったまま。 暫く無言が続いたかと思えば、少年がふっと笑った。その柔らかさにぱちりと瞬きを一つ。

「わかってんじゃん」
「そうでもないです。だって何を思い出されるのが怖いのかまではわかりません」
「ボクが怖いのはアイツラがボクを思い出して、更にどうして死んだのかを思い出すこと」

死んだことを思い出されるのが怖い…?
いまいち理解できないあたしに気づいたのか、彼は更に口角を上げた。今度のそれは柔らかくはなくて、

「どうしてボクが寿命じゃないのに死んだんだと思う?」
「えと、あたしと同じような感じかと…」
「予定外の干渉か…ま、予定外と言えばそうだな」
「…翼さん?」

歪んだ口許が作る笑みはあたしが好きなタイプのものとはかけ離れている。
自分自身を嘲るようなそれは見ていて気持ちの良いものではない。それを浮かべているのが彼だとすれば尚更、

「前に、生きてるヤツは寿命に抗えないって言ったろ?寿命を延ばすことは不可能。でも、早めることは出来る」
「!、それってもしかして、」
「あぁ――自殺だ。全てを放棄して自ら命を絶つ行為は寿命ではあり得ない」
「……」
「ボクが死んだのはボクが全てを放棄したから。だからボクはこうして何十年もの間転生せずに罪を償ってるし、 不可抗力で死んだと違ってボクは自ら生を手放したからみたいなヤツが望んだ際に認められる特例も適応されない」

彼があたしと同じで寿命でもないのに死んでしまったのは知っていたけれど、その原因がまさか自ら命を絶っただなんて思ってもいなかった。 その線だけはないだろうと真っ先に否定したのだ。だって、勝気な彼の性格からは想像できない。
驚きすぎたのが原因だろう、一周して冷静になった頭で考える。翼が彼女の前に姿を現そうとしなかったのは――

「要するに、合わせる顔がないんだよ。特に今の玲には尚更」

それは今彼女が見える状態であり、彼女がもうすぐ死んでしまうから。そして先日のトラブルで思い出しそうになったから。
目を伏せた翼はもしかしたら泣いているのかもしれない。その頬が濡れることはないけれど、彼の心はきっと、

「万が一全て思い出して何を言われるかと思うとすごく怖い。命を捨てたボクを今の玲がなんて思うか…玲だけじゃない、 ボクとアイツラは世界が違う。逃げ出したのは俺だけだ」
「……あと何年ですか。あと何年償えば、転生出来るんですか?」
「さあ?」
「さあって!定められた期間があるんでしょう?あたしが100年だったみたいに」
「あるよ。でもボクは転生するつもりなんてないから関係ない。ボクほど優秀な人材がずっと働いてやるって言ってんだ、上のヤツラも喜ぶさ」
「そりゃ喜ぶかもしれませんけど、でもだからって、」
「ボクはアイツラがいない世界に生きるつもりなんてない」
「…ッ、」

持ち上げた瞳の奥で赤い炎が揺れる。意志の強さにゾッとした。
そんな風に言われたらこれ以上口を挟めないじゃないか…と思うのが普通だろうけど、生憎あたしは5年前から普通じゃないわけで

「逃げるんですか?」
「!」
「翼さんの気持ちなんてわかりませんよ。他人の考えがわかるわけがない」

伝家の宝刀「お前に何がわかるんだ」と言われる前に早口で捲し立てる。
あたしは他人の気持ちを汲み取ろうとする優しい人たちとは違うしエスパーでもない。 彼と同じ状況に陥ったこともないから「わかるよ」なんて嘘でも言えない、言いたくない。

「でも、だから訊くんです。言うんです。わからないで終わりたくないから、少しでもわからせて欲しいから」

睨みつけるように告げれば聡い少年はあたしの気持ちを汲んでくれたのか開きそうだった口を閉じた。 口は悪いし態度もデカイ鬼上司だが、根は優しい人なのだ。5年も一緒にいればそれくらいわかる。 そして、暫く続いたこの沈黙を破るのは優しい彼

「逃げてるって思われても否定しないよ。誰になんて思われても気にしないけどアイツラに幻滅されるのだけは耐えられない。 自業自得だってわかってるけど無理なんだ。面と向かって嫌いだって言われたら――ボクはそれが怖い」
「……。ねぇ翼さん、命あるモノは強いんですよ。辛く悲しいことを乗り越える力を持ってる」

あたしが死んで泣き崩れていた家族も、今はもう笑っているだろう。思い出すことはあってもずっと塞ぎ込んでいたりはしない筈だ。
忘れられないあたしたちには難しいかもしれない。そういやあたしも考え過ぎてぶっ倒れたな。
あまり思い出したくない記憶だが、あの時の無気力幽霊さんも今頃どこかに転生していることだろう。

「翼さんはいつまで縛られているつもりですか?」

雁字搦めになった縄を解くには良い機会だと思うんですが。へなりと笑って見せれば、やがて少年もくしゃりと笑った。