病院ではお静かに!――なんて言っても通じないか。



after world



「う、わっ!…にゃろう、いい加減にしろっつーの」
「平気か?」
「だいじょぶですー」

これも全て見目可愛らしい少年のお陰です。 姿が見えない黒川さんよりも姿が見えるあたしがターゲットにされるのは当然のこと。 避けきれなかった邪気が足を掠ったが、傷が出来るのと同じスピードで傷が消えたのでプラスマイナスゼロ。 治癒力上がっててほんと良かった。でも傷と違って痛みは消えるわけじゃないのでやっぱりマイナスかもしれない。

病院の周囲で悪霊と強制鬼ごっこだなんて最悪だ。しかもあたし一人だけ鬼ごっこ兼かくれんぼ状態なんですが。
お迎えが近い人は稀にあたしみたいな存在を見えるようになるけれどそれは飽く迄 稀、見えない方が一般的だ。 天使が見えるのは心が綺麗な人だと昔から相場が決まっている。実際のところは知らないけど、強ち外れてはないと思うの。
そしてこの病院で見える人はただ一人、かくれんぼの相手は勿論綺麗なお姉さんである。 見つかってしまった場合 彼女の目には空中で浮かびながら一人で暴れてる変な人に映ってしまう。あ、人ではないか。 まあそんな感じであたし一人不利な状況で鬼ごっこをしているわけで、…捕まえたら一発ぐらい殴ってもいいかな。

「そろそろ拙いかもな」
「鬼ごっこに飽きて玩具を探し始めるに一票」
「俺の分も入れといてくれ」
「了解でーす」

軽口を叩きながらも悪霊と化した幽霊さんを捕まえるのに必死だ。てか飛び回り過ぎて酔ったんだけど。
自我を失った幽霊には言葉なんて通じないし本能のまま行動するから赤ん坊を相手にしているようなもの。 見た目が大人なだけイライラが倍増だ。デカイ図体して人様に迷惑掛けてんじゃねーよ。

「俺がアイツに姿見せて引き付けるから、はその隙に一発ブチ込め」
「え、良いんですか?」
「上には適当に誤魔化しゃ問題ねーだろ。それよりこれ以上長引く方が面倒だ」
「なるほど。でもそれなら逆のが良くないですか?黒川さんが囮役なんて勿体ない」

ストレス発散するにはとても魅力的なお誘いだが、黒川さんが一発お見舞いするほうが効果的だし失敗の恐れもない。 それにいくら悪霊相手でも下っ端のあたしが直接手を出すのは一応禁止されていた筈。誤魔化すって言ってたけどバレたら怒られるだろう。 多分隣にいるであろう黒川さんを仰ぎ見ればポンと頭を撫でられた。

に怪我させるわけにゃいかねぇだろ」

え、何この殺し文句。きっと彼はニヤリと笑っている筈だ。見えないのが非常に残念。 思わずぽかんと間抜け面を披露していると「それに上のヤツラよりアイツ怒らす方が面倒だしな」と独り言のような呟きが聞こえた。アイツって?

「んじゃそーいうことで頼むぜ」
「え?あ、はい!」

頭から重みが消えたと同時に少し離れたところ――悪霊の目の前に黒川さんが現れた。 ギリギリまで引き付けてもらうことにしてその間に集中して手のひらに力を集める。 直接触れるとアテられそうだからハンマー的なものでも創り出すとしよう。気絶させるつもりでガンバリマス。―「!」 名前を呼ばれたのを合図に一気に間を詰めて両手で握った手作りハンマー(仮)を大きく振りかぶる

「落 ち ろ ッ !」

結果はまぁ、言うまでもなく?物凄く痛そうな音とともに悪霊さんが地面と熱いキスをした。



「腕上げたな」
「そーですか?」

縄でぐるぐる巻きにされた悪霊さんを見ながら二人して笑う。
どうやら彼…彼?が悪霊化したのは最近で、もしかしたら浄化できるかもしれないのでこのまま連れて行くらしい。
数に限りのある魂を好き好んで消したいわけじゃないし一発お見舞いして清々したのであたし的には満足だ。

「前会ったときより随分力上がってると思うぜ」
「この生活始めて5年ですからねー」
「俺と会ったときが2年目くらいだったか?」
「たぶんー」
「ま、あんだけ無茶やってりゃ嫌でも力上がるか」
「…えーと、あんだけって?」
がやらかした色んなコトって結構ネタにされてんぜ?」
「……わーいあたしったらいつの間にか人気者ー」

ちっとも嬉しくないけどね。ネタの提供者はやっぱりアレですか、見た目と中身のギャップが激しい天使サマですか?
不貞腐れるあたしを見て黒川さんはクツクツと笑う。

「あんま翼に心配かけんなよ」
「怒らせるなの間違いじゃないですかー?」
「言ったろ、それはアイツの愛情表現だって」
「そんな愛情ならお断りですよー」

ぷいと顔を背けると感じる頭への重み。最初から担当が黒川さんだったら良かったなーとか思っても仕方ないと思うの。
まさに理想の兄像。来世ではこんな兄が欲しい…あ、近所のお兄ちゃんとかでもいいかも。
冗談半分でそんなことを考えていれば不意に笑い声が止んだ。見上げれば真剣な顔

「なぁ、アイツは素直じゃないし頑固だから言わねーだろうけど、ずっと見守ってたんだよ」
「…誰を、ですか?」
「生前一緒に過ごした大切なヤツラの魂」
「……」
「ほんとは会いたいんだと思うぜ。だからお前は間違っちゃいない」
「…じゃあ「何してんの」ッ!」
「丁度アンタの話してたところだ」
「…野暮は嫌いじゃなかったわけ?」
「偶には良いだろ」

突然姿を現した翼に驚いたのはあたしだけで、可愛らしい顔を歪めた少年を前に黒川さんはいつも通り飄々としている。流石男前。
見た目的には10くらい年上な黒川さんに対して少年は相変わらず偉そうだ。ま、中身や立場は彼のが上だし黒川さんも気にしてないみたいだけど。 金髪幽霊さんと話してる時もそうだったが、背景を知らない人から見たら翼って物凄い礼儀知らずな子供に見えるんだろうなー。 その点あたしは問題ない。態度はともかく一応敬語っぽい口調だし。

「こいつサボってただろ」
「いーや、逆にお手柄だったぜ」
「ふうん…マサキってほんとに甘いよな」
「妬くなよ」
「ばかじゃないの」

蚊帳の外というか入って行くタイミングを逃してしまった。だってこの2人仲良いんだもん。
ぼんやりと耳を傾けていれば、頭に乗ったままだった手がわしゃわしゃと髪をかき回した。嫌がらせ…?

「翼も帰ってきたし俺の役目は終わりってことで、さっさとコイツ引き渡してくるわ」
「お疲れ様でしたー」
「次会うときは俺がその台詞言えると良いんだけどな」
「ガンバリマス」

悪霊さんに繋がった縄を引いて浮かび上がる黒川さんを見上げて苦笑い。ちなみに悪霊さんは未だに意識を失っている。
やる気のないあたしの声を聞いて視線を鋭くした鬼上司にクツリと笑って「あんまイジメんなよ」と一言。去り際まで男前だ。

「偶には素直になったって誰も責めねぇよ」