本来なら捕まえるのが仕事ってわけじゃないんだけどなー。



after world



あたしのやる気が持続するわけがなく、今日も今日とてぷかぷか浮かんでいる。
少年はちょっと前に上から呼び出された為ここにはいない。ま、いても病院付近では姿を消していることが多いけどね。

「よぉ、シケた面してんな」
「そう思うなら手伝ってくれませんか黒川さん」
「手ぇ出すと翼に怒られるんだよ」

突然背後から声を掛けられても驚くことがなかったのはダルダルしつつもちゃんと気配を探っていたから…てのは半分くらい嘘で、 単に以前上司サマから借りパクした力のお陰で周囲の気配には敏感なだけだ。重宝してます。
くるりと振り返れば色黒のナイスガイ。相変わらず男前だなーと思いつつ予想を裏切らない答えに肩を落とすと、彼は苦笑しながら頭を撫でてくれた。 外見は14歳だけど中身はもうすぐ成人なわけで、オトメゴコロはちょっぴり複雑ですかっこ笑い的な。 あ、でも黒川さん見た目も中身もあたしより年上だから子供扱いされるのが当たり前かも。

「サボってたの黙っててやっから」
「…黒川さんが来たってことは、すぐに片付かない用なんですね」
「アイツの代わりに仕事してたヤツが面倒なヘマしてな。今頃マシンガントーク炸裂してるぜ」
「うわー目に浮かぶ」

口は悪いが大変優秀な上司サマは、こうして稀に呼び出しを受けたりするのだ。
すぐに終わる場合が殆どだけど、そうじゃない場合はあたしの監視役代理として誰かが降りてくることになっている。 今回を入れて3回くらいそんなことがあって前回代理で来たのも黒川さんだった。
見た目というか漂う雰囲気はあたしと同じでやる気ない感じなのに実は出来る男だと知ったときは驚いたなー。
噂によると翼の一つ下くらいの立場らしい。人は見かけによらないってほんとだったんですね。

「ま、翼はどうでもいいヤツは何しても放置だし、怒られるってことは気にかけられてるってことだろ」
「褒められて伸びるタイプにはキツイですよー」
「そう言うなって、アイツなりの愛情表現みてぇなもんだ」
「あんまり嬉しくないでーす」

ぷいっと顔を背ければクツクツと笑い声が響く。 代理が黒川さんでほんと良かった。幽霊生活を始めてからこんな風に甘やかしてくれる人は貴重だ。 最初に来た人は鬼上司と似たタイプだったから、こんな風に寛いでたら確実に怒られただろうし…顔色変えず静かに怒るから余計に怖い。 天使サマの極上スマイルと張ると思うの。

「……あれ?」
「ん、どうした?」
「えと、何かあそこに不審人物っていうか幽霊っていうか」

ほらあれ、と指を差す。これだけ距離があれば失礼も何もないだろ。
あたしの指を辿った黒川さんは少しだけ眉を寄せたが、紡いだ声は普段通りで――

「この距離でよく気づいたな」
「あー…ピント合わせてたんで」

そう、不審な幽霊がいるのは綺麗なお姉さんの病室付近。
可愛らしい少年と一悶着あってから会いには行ってはないが、死角になる位置で彼女の様子を見ているのは変わってない。 気づいてるはずの翼が何も言ってこないので黙認してくれているんだろうと都合良く解釈をしている。てか気になるのはお互い様だし。
あたしが言葉を濁らせたことで黒川さんも悟ったらしい。病室を一瞥するだけで何も言わない男前っぷりを発揮してくれた。

「こんなとこにいやがったのか」
「お知り合いですかー?」
「初対面だけど最近上じゃアイツの噂で持ちきりだぜ」
「単刀直入に訊きますが、悪い方の噂で?」
「あぁ。それも飛びきりのな」
「……メンドイ」
「全くだ。でも放っておくともっと面倒なことになるぜ」

口角を上げて言い放った彼に不満の声が漏れるのは不可抗力だ。黒川さんが悪くないのはわかってるけどメンドクサイ。
うっかり気づいちゃった過去の自分を責めつつ改めて不審な幽霊を見れば、なるほど嫌な雰囲気だ。
最近こんなのばっかりだなーと溜息を一つ。ポンと頭に乗せられた手のひらに優しさを感じた。

「連絡して許可待ちますか?」
「や、上のヤツラもそろそろ本格的に動こうとしてたし確認は後でいいだろ」
「それって自我失ってるパターンですよねーものすごい性質悪い感じですよねー」
「こんなとこで遊び出されちゃ厄介だしさっさと片付けんぞ」
「はーい」

力なく頷くあたしに小言が飛んでくることはない。流石黒川さん、兄にしたい人ナンバー1

「あ、そだ。知ってると思いますけど病院に近づくなら姿消しとかないとアレなんですけど、」
「見えるヤツがいるんだろ?確かは自力じゃ無理だよな」
「えぇ、そこまで力ないですー」
「んじゃ俺が行ってこっちに誘導すっからお前はここで待ってろ。でもヤバそうだったら頼むぜ」

黒川さんがヤバいってことはあたしじゃ太刀打ち出来ないと思うんですが。
そこら辺は彼もわかってるだろうから口には出さないけれど、ちょっぴり不安だ。一人で片付けてくれたら非常に嬉しい。
姿を消した黒川さんを目で追うのは無理なので勘を頼りに位置を予想し、いつでも動けるようにはしておこう。


「うげ、遊び始めやがった」

暫く待っていたけれど不審な幽霊がこっちに来ることはなく、それどころか黒川さんの存在に気づいたらしい。 しかも何を勘違いしたのか見えない遊び相手が来たと思っているようでくるくると楽しそうに動き回り始めた。 病院なんてヤツラにとっちゃ恰好の遊び場だ。ほんとに性質悪いなアイツ!悪態を吐きながら急いで援助に向かうと、すぐに声が掛けられた。

「悪い、気づかれた」
「黒川さんの所為じゃないですよー」

姿は見えないが声のする方にへなりと笑みを向ける。全ての元凶はあの幽霊 基 性質の悪い悪霊だ。
取敢えず今の一番の願いはただ一つ、面倒だから玲さんには気づかれませんように…!