言葉にしないと伝わらないけど、言葉にしても伝わるとは限らない。



after world



「逃げなくてもいいのに」

意外にもすんなり見つけることが出来た見目可愛らしい少年の背中に声を掛ける。
彼が完全に姿を消してしまえばあたしには見つけることが出来ないし、 近づいてくるあたしの気配なんてとっくに気づいていただろうけどこの場にいたことからどうやら雲隠れするつもりはないようだ。
振り返った少年の顔はバツが悪そうにも見える。まさか鬼上司のこんな顔を見る日が来るとは…!

「ずっと見てたんでしょう?」
「…何のこと」
「あたしが毎日あの部屋に行ってたこと知ってたじゃないですか」

あ、今度は苦い顔。苦虫を噛み潰したようって、きっとこんな時に使う言葉だ。
自分が言ったことにも気づいてないなんて余程焦ってたんだろうなー。ガシガシと乱暴に頭を掻く少年を見ながらぼんやりと思った。

「あんなとこまでついてかなきゃ良かった」

重い息とともに吐き捨てるように言えば冷静さを取り戻したのか「どこまで気づいてるわけ?」と、いつも以上に偉そうにのたまう。
もうちょっと弱っててもらいたかったかもしれない。残念だ。

「どこまでって言うか、生前の翼さんと玲さんは知り合いだったんだろうなーくらいですよ」
「十分だろ」
「それじゃあやっぱり玲さんは、」
「妙な誤解されるとムカツクから言うけど、玲とはただのハトコだから。 ま、一緒に暮らしてたし性格も合うから割と仲は良かったけどね」
「…性格が合う?」
「何?」
「いいえ何でも御座いませんー」

ギロリと睨む様はいつも通り。慌てて首を振ったけど、翼と玲さんの性格が合うだなんて信じられない、てか信じたくない。
この小さな暴君と合うってどんなですか。女王様だったの?現世と前世の性格が同じじゃないってことはわかってるけど何だか複雑だ。 あたしの思考を知ってか知らずか相変わらず天使サマは鋭い視線を飛ばしてくる。心が痛い。

「過去は過去。あっちは覚えてないだろうしもう関係ないよ」
「関係なくないです。だって玲さん泣いてました。懐かしいって、前から知ってる気がするって」
「接触した時にボクの記憶が流れただけだろ」
「それだけじゃないと思いますよ。きっと彼女の魂は翼さんのことを覚えてるんです」
「だったら何」
「会いに行かないんですか?」

「大切な人なんでしょう?」―その台詞はわざわざ口にするまでもなく、賢い彼なら簡単に汲み取ってくれるだろう。
予想通りというか、汲み取ったらしい少年は盛大に顔を顰めてくれたけど。

「ボクが無駄な時間嫌いなの知ってて言ってんの?」
「無駄じゃないと思うから言ってます」
「メリットは何もない」
「彼女の命は残りわずか、次はいつどこに転生するかわからない。いくら翼さんでも個人的な理由でコッチに降りることは出来ませんよね? だからこれが最初で最後のチャンスかもしれない……今なら玲さ「アイツは玲じゃない!」、え?」

「たとえ!……、たとえ魂が同じでも魂が覚えててもアイツは俺の知ってる玲じゃない。別人なんだよ」

目が覚めるような衝撃。心まで金縛りにあったように一瞬全ての機能が停止した。
彼の知っている玲さんの姿と今の玲さんの姿は違うのに見ただけで同じ魂だとわかったのは、それだけ大切な人だったから。
翼にとって大きな存在だったからすぐに気づいたんだ。 だからきっと、姿を消したのは覚えていない彼女を見るのが嫌だったからで、 それでも見ていたのは懐かしいとか会いたいとか、色んな複雑な想いがあるからだと思った――思ってた。
でもそれは、あたしが思っていた以上に複雑だったんだ。あたしが思っていた以上に大切だったんだ。

「だから早く戻りたかったんだ――こんな、アイツラの生まれ変わりに会っても虚しいだけなのに」

早く上に戻りたい理由がまさか、こんなにも重いものだったなんて
深く深く俯いた翼に掛ける言葉が見つからない。それから漸く見つけた言葉はありきたりな謝罪

「……ごめんなさい」
「言葉より態度で示してくれる?さっさとあと2人連れてけよ」

この話は終わりとばかりにコロリと態度が変わる。…あぁ、似てるな。翼と玲さん、すごく似てるよ。
少年の厚意に甘えていつも通りやる気なく返事をすればデフォルトの呆れ顔を披露してくれた。 その顔がもう一つのデフォルトに切り替わる前に急いで幽霊探しに繰り出すとしよう。 某金髪幽霊がいたら「逃げなくてもええのに」とか言いそうだけど気にしない。だってこういう空気苦手なんだもん。そりゃ逃げるさ!
今なら病室から一瞬で消えた少年の気持ちがわかるかもしれない……うん、全然違うのはわかってるよ。



この数日いつになく熱心にそこら辺ふらついてる幽霊をとっ捕まえてたけれど、連れて行った人数は変わらない。
つまり、あれから連れて行けた人数は0と言うことだ。斜め後ろから突き刺さる視線がものすごく痛い。

「お前さ、何であと2人連れてくのにこんな時間かかってんの?」
「不思議ですよねー」
「ボクはお前の頭の中が不思議でならないよ」
「これでも結構頑張ってるんですけど」
「まだまだ足りないってことだろ」
「これ以上はむ「なに?」……イイエナンデモ」

言葉も態度も相変わらず手厳しい。
この間みたいな重苦しいというかしんみりした空気は苦手だが、鬼上司から鬼が取れるなら我慢しても良いかもしれない。
あーでもアレはアレで鬼だったというか、いつもとは違う怖さはあったけど。

「息抜きがしたい」
「あそこのおっさんのとこ行ってこいよ」
「え、スルーですか?」
「さっさと行け」
「蹴らないでくださいよー…ちょっ、ほんと痛いですって!」

パワハラで訴えたら勝てるだろうか。誰に告訴すればいいの?やっぱり神的な役割の人?