それなりに空気は読めるつもりです。



after world



綺麗なお姉さん基 玲さんと知り合いというか友達になって数日、暇な時間は彼女の病室で過ごすのが日課になりつつある。
本当はあまり近づきたくなかったけど窓を挟んで話すより室内で話す方が人に気づかれ難いと思ったし、 幸い玲さんの部屋は一番端の一人部屋、尚且つこちらが呼ばない限り予め告げられた時刻にしか人は来ないとのこと。
悪い噂が広まらないようにする為には仕方ない。だって、傍から見たら誰もいない所に向かって話しかけてるんだもん、怪しいことこの上ない。
近づきたくないというのは玲さんが嫌いとかではなく、彼女があたしに触れようとしたら面倒だなーとかそんな感じ。
普通の幽霊じゃないから生きてるモノに触れたり触れられたりも出来るけどメンドクサイ。 でも綺麗なお姉さんに妙な噂が纏わりつくのも、その所為であたしが幽霊だって気づかれるのもメンドクサイ。 だからこれはどっちの方がメンドクサイか天秤に掛けた結果なのだ。

「それでそのときソイツ何て言ったと思います?」
「『同情するなら金をくれ』?」
「あーそれ良い!でも正解はですね、」

あたしのことを話し上手だと言ったけれどそうじゃなくて、単に彼女が聞き上手なんだと思う。
取るに足らない思い出話を彼女は本当に楽しそうに聞いてくれるのだ。 それと同時に話し上手でもあって、本来難しい分野の話でも彼女が話すとすんなりと頭に入ってしまう。
ほんとはそろそろ会わないようにするべきなんだけど、嬉しそうな笑顔で「またね」と言われるとうっかり頷いてしまうのだ。


「じゃあ今日はこれくらいで」
「楽しかったわ。またね」
「…はい、また」

扉を閉めるまではそれらしく、でもそれが終われば一瞬で建物内から姿を消す。
病室を出入りするときはしっかり気配を読んでタイミングを計っているので誰かに見られる失敗はしていない。

「てかまた頷いちゃったし」

彼女の言葉や笑顔に魔力が秘められていると言われたらあっさり信じる自信がある。 癒しスポットだから気に入ってはいるんだけどさー。振られ続けた後なんかほんと癒される。
玲さんの病室からは死角になる位置にぷかぷかと浮かびながらピントを合わせて部屋の中を覗く。
真っ白い部屋に窓辺に置かれたベッド、棚の上には可愛らしいテディベア
日替わりで変わる花瓶の中身は毎日決まった時間に面会に来るご両親や時折訪れる友人知人が持ってくるものだ。

自惚れてるようだが、あたしの前で見せる笑顔の方が今の100倍綺麗だと思う。

今も面会に訪れた人と楽しそうに話しているものの、その笑顔には違和感を覚える。
あの部屋に訪れる人たちはみんな笑顔を浮かべているけど、ふとした時に別の感情が交じるのだ。 他人のあたしが気づくくらいだから玲さんはとっくに気づいているだろう。だから彼女の笑顔にも別のものが交じる。 病院関係者の人はそれほど酷くないのがせめてもの救いか。どっちにしろ仕方がないと割り切っているのだろうけど、

玲さんはきっと、自分の命が残り少ないことに気づいている。

全くの他人であるあたしに話し相手になって欲しいと言ったのは、自分の病気について何も知らない人と話したかったからだと思うのだ。 知らない人の前なら玲さんだって気兼ねなく笑える。優しい彼女の性格上 大切な人たちを残していくのは辛いだろうから。
思い出話はしても今の話は滅多にしない。 互いに詮索しない―と言ってもあたしはそれなりに知ってるけど、互いのラインを弁えて喋っている。 あたしも病院関係者の人と似たようなもので職業柄見た目的には平然としていられるし。そもそも知らんぷりは得意なのだ。



「今日も良い天気ですねー」
「ほんとに…そうだ、散歩に行かない?」
「……散歩、ですか?」

今日も今日とて癒しを求めてやってきた部屋、綺麗なお姉さんはキラキラと眩しい笑顔で両手を合わせ音を鳴らした。
嬉しそうなところ大変恐縮ですが、お喋りしながらの散歩はちょっと…てか外出していいの?
そんな疑問が顔に出ていたのか彼女はくすりと笑みを零して言葉を紡ぐ。

「散歩って言っても行先は屋上なんだけどね」
「屋上ですかー……良いですね、きっと気持ちいですよ」

素早く気配を探って屋上までの安全なルートを調べる。エレベーターも近いし多分なんとかなるだろ。 屋上に出た後は誰も近寄らないようにちょこっと空間弄れば良いし。 考えた後に頷けば、玲さんは本当に嬉しそうに微笑んだ――うん、ちょっとやる気出たかも。


「こうやって風を感じるのも久しぶりだわ」
「来て良かったですね」
「付き合ってくれてありがとうちゃん」
「お役に立てて光栄ですー」

屋上に設置されたベンチに並んで腰を下ろし気持ち良さそうに目を閉じた玲さんをちらりと見やる。
エレベーターで他人と乗り合わせないように細工したし、誰かが近づいて来た時は違和感なく会話を止めるように細心の注意を払った。 不可能ではなかったから実行したけどやっぱり疲れるものは疲れるのだ。 気づかれないように大きく息を吐き出すのと静かな寝息が聞こえたのはほぼ同時

「玲さん?…疲れたんですね」

体力の落ちている彼女にとって、ここまでの道のりは軽い散歩ではなかった筈。
風邪を引かない程度に寝かせてあげよう。一定のリズムで上下する胸に少しだけ安心して同じように目を閉じる。
閉じたところで睡魔に襲われることなんてあり得ない。寒くもなく暑くもない心地良い風に揺られながら瞼の裏に描くのは――

「そろそろ出てくればいいのに、」

ぽろりと零れた小さな本音は優しい風がさらって行った。