他人の顔色を窺ってばかりじゃメンドクサイから、適度に好き勝手やるのも大事だ。



after world



「…翼さん?」
「なに」
「いや、あの……どうかされたんでしょうか?」

それはコッチの台詞なんですがとは思いつつ顔には出さない。 取敢えず様子見のつもりでいつも以上に下手に出てみたけれど、眉間の皺が減らないことから無意味だと知る。 不機嫌とはまた違い複雑そうにも見えるけれど、一体あたしが何をしたと言うんだ。

「別にどうもしないよ。人のこと気にしてる暇があるならさっさと働けば」

淡々と告げてそっぽを向く少年は一見普段通りに見えるけどよくよく見ればやっぱり可笑しい。
だって、いつもの彼ならさっきのことを怒るはずだ。
もう関わるなと釘を刺さないのはあたしが関わるつもりがないことを悟っているからということで納得できるが、 それでもお叱りの言葉が一つも飛んでこないなんて有り得ない。長々と話してんじゃねーよとか言われると思ったのに。
怒られ慣れてしまったので怒らない少年なんて違和感ばりばり…てか正直気持ち悪い。気味が悪い?まあそんな感じで。

「じゃあこの辺りで手当たり次第に声掛けてみますー」
「移動しないの?」
「え?だってココいっぱいいますよ」

病院付近には沢山いると相場が決まってる。今回も例外ではなく、探るまでもなく色んな気配を感じる程だ。
生きているモノの気配のが断然多いけれど幽霊だって少なくはない。 あたしでも簡単にわかるんだから上司であり先輩である翼がわからないわけないのに。

「そうだけど……まあいいや。ボクちょっと用事あるから暫く一人で勝手にやってて」
「はあ、」
「ボクがいないからってサボったらどうなるかわかってるよね?」
「…肝に銘じておきますー」

半ば脅しに近い言葉を残し少年は一瞬で姿を消した。
彼の用事が何なのかとか実は姿を消しただけなんじゃないかとか、考えだしたらキリがないので考えないことにして一先ずその場に寝転ぶ。 鬼上司がいたら言った傍からサボるなとかお前の記憶力は鳥並みかとか色々言われるに違いない。
あの様子からして病院に近付きたくないんだと思う。もう一つの可能性が頭の片隅で控えめな主張をしてるけど面倒だからスルーが一番。面倒事はご免なのだ。
知らぬ存ぜぬで通したいので、取敢えず猿にでもなっておこうか。見ない聞かない言わないの無敵三原則。



単独行動を始めて2日。相変わらず人の顔見て逃げる幽霊ばかりであまり気分はよろしくない。
いつも以上にダルダル生活を送っているが、今のところ鬼上司が突然現れて怒鳴り散らすなんてこともなく、珍しく平和な日々だ。

「何だかんだであと2人だし、隠れてるヤツラが大人しく捕まってくれれば終わるのに」

それにしても話し相手がいないのは退屈だなー。くあ、と欠伸をしながら大きく伸びをする。 仰け反り過ぎてうっかり引っ繰り返りそうになったけど誰も見てないから別に恥ずかしくもなんともな「危ない!」―いと思ったけど、そうもいかないようだ。 本音を言えばそんなに恥ずかしくはないけれど、聞き覚えのある声に嫌な予感を覚えつつ体勢を整えて視線を向ける。

「落ちなくて良かった」
「あー…驚かせちゃってすみませんー。こう見えてあたし運動神経良いからこれくらいへっちゃらですよー」

前半は嘘だが後半はほんと。だって別に落ちないてか地面に落下することはまずないし。
笑うあたしに安堵の息を漏らした彼女は、それ以上注意することはなく微笑んだ。相変わらずお綺麗ですね。

「また会えるなんて思わなかったからびっくりしちゃったわ」
「あたしもですー」
「そうだ、約束してた名前教えてもらっても良いかしら?私は玲って言うの、よろしくね」
と申しますー。こちらこそよろしくお願いします」

にこにこと営業スマイルを貼り付けながら、内心失敗したと舌打ちを一つ。
改めて確かめてみれば今いる枝からは前回よりも地面が遠く、2階の窓から声を掛けたお姉さんと視線が一緒ということから考えてそれなりの高さがあるらしい。 太くて立派な木だし、枝の太さも座るには申し分ない。 生前のあたしならこんなとこまで登るのはまず無理だけど、きっと運動神経の良い人なら可能だろう――とは言ってもここは病院。常識的に考えてこんな場所で木登りなんてあり得ない。
そこら辺のことを気にしているのかいないのか、目の前のお姉さんは優しく微笑むのみで特に言ってこないので口を噤んでおこう。

ちゃんみたいな可愛いお友達が出来るなんて、何だか得しちゃったみたい」
「どっちかって言うと美人なお姉さんとお近づきになれたあたしの方がお得かとー」
「相変わらず上手なんだから」

鈴の音のような笑い声、艶やかな黒髪に透き通るような白い肌、瞬きの度に長い睫毛が影を落とす。
度が過ぎた謙遜は時に厭味に聞こえてしまうけれど、くすりと微笑む玲さんからはそういった類のものは一切感じ取れないから不思議だ。 それどころか良く出来た人だなーと惚れ惚れしてしまう。
今までも顔の整った人というか幽霊に関わることは多かったけど、中身に癖がある人ばかりだったから尚更だ。 どこぞの天使サマ辺りに是非とも見習って欲しい。そしてあたしが逆立ちしてもこうはなれないのは言うまでもなく。

「…もし良かったら、時間のある時にでも遊びに来てくれないかしら?」
「え?」
「遊びにと言ってもお喋りするくらいだけど……ダメ?」

何この人超可愛い…!少女のように首を傾げる姿にきゅんときて頷いちゃったじゃないか。 うっかり悪魔なんじゃとか非現実的なことを思うほど魔性のオーラを感じました。 あたしの存在が非現実的だというのはスルーで。てか悪魔はあたしだし。
でもどうしよう、必要以上に関わるなっていつも言われてるんだよなー。

「ありがとう。ちゃんって話し上手だから嬉しい」

今なら「綺麗なお姉さんは好きですか?」って質問に迷わず頷けると思うの。
適当な理由を付けてやっぱり断ろうと思ってたのに、そんな笑顔を見せられたら言葉が出ません。

「玲さんに楽しんでもらえるような話が出来ると良いんですけど」
「話し相手になってくれることが一番よ」
「そう言ってもらえると安心ですー。…取敢えず今日は帰りますね」
「本当にありがとう。またね」

近づいてくる気配を感じて挨拶を済ませ、ノックの音に玲さんが振り返っている間に素早くその場を去る。 彼女が不審がられない為にも人がいる間は傍に寄らない方が良いだろう。
デメリットは大きいけれど退屈していたので話し相手が出来るのは嬉しい。姿を現さない鬼上司のことなんてしーらない。