「僕ね、天使のお姉ちゃんに会ったんだよ」



after world



「可愛い子は好きだけど、やっぱり見てるだけが良いです」

背凭れに全体重を預けて真上に昇った太陽を仰ぐと、斜め後ろから馬鹿にするような音が聞こえた。きっと鼻で笑われたんだろう。
ぷかぷか浮かぶ体力がないのでベンチに座っている――わけではなく、単に気分の問題だ。 幽霊なんて浮かぶのが仕事みたいなもんだから浮かぶのに体力なんて必要ないし。

「てか何でこんなに人多いんですかねー。まだ昼間なのにうじゃうじゃと」
「休みなんだろ」
「あー」

言われて漸く気づいたあたしに可愛らしい少年は呆れたように溜息を一つ。
長く幽霊やってれば曜日感覚なんて消えるさ。そういや日付もわからない。今って何月? 誰かに呼ばれてる感じがした時がお盆なのはわかるけど、それ以外はサッパリだ。くるりと振り返った先にいる上司サマならわかるんだろうけど。

「…なに?」
「いやー、今って何月だったかなーと思いまして」
「知ってどうすんの。どうせすぐ忘れる癖に」
「ですよねー」

心の準備が出来るかなーと思ったなんて口が裂けても言いません。だって鼻で笑われそうだし。
そもそもお盆って8月であってる?迎え火焚くのって何月何日ですか?――うん、やっぱり言うの止めよう。

「……あ、アツシくんだ」

刺々しい視線から逃れようと彷徨わせた視線は見覚えのあるちびっこに縫い付いた。 数人の友達を引き連れて走ってきたのはやっぱりあの小学生で、


「あれ?今日はアイツいないな」
「アイツって?」
「ほら、いっつもアソコに座ってたヤツだよ。にこにこ笑っててさ」
「…誰それ?お前知ってる?」
「知らねー。何年?」
「同い年くらいだと思う。でも学校で見たことないから隣の学校かも」
「そんなヤツいたかー?」

あたしが座っているベンチを指差して騒ぐちびっこたちに思わず目を丸くした。
偶に見えたり声が聞こえたりするくらいならわかるけど、いつも見えていたなんて可笑しい。
――だって、あの程度の霊感じゃユンくんをはっきり認識することなんて出来なかった筈なのに、

「上原の勘違いじゃね?」
「ちげーよ!桜庭も一緒に遊んだだろ?」
「引っ越しでもしたんじゃねーの」
「あーそっか。名前くらい訊いとけば良かったな」

桜庭くんとやらの言葉に納得したのか、アツシくんたちはそれ以上ベンチに目を向けることなく遊び始めた。
そういえばユンくんが「今日はアツシだけ」だと言ったあの日、桜庭くんの姿はなかった気がする。
遠くで遊んでいるちびっこたちを改めて観察してみるが、アツシくんからも桜庭くんからも多少の力しか感じない。
不思議に思って振り返れば、あたしが疑問を口にするよりも先に少年が口を開く

「同調しやすかったのかもな」
「…同調?」
「同じ年齢で互いに霊感があった。 あの頑固なガキは自分が生きてるって思ってたから無意識だろうけど、友達欲しさにアイツラ引っ張ってたんだろ」
「……うわぁ」
「ま、あんだけ走り回れるなら問題ないんじゃない」
「純粋って怖いですねー」
「無自覚が一番性質悪いんだよ」

自覚はなくとも幽霊であるユンくんにはほんのちょっとでも霊感のある人なら認識することが出来た。 その逆も同じかと言えばそうではなく、何度も言うけどほんのちょっとの霊感では魂が消えかかっている幽霊をはっきり認識することなんて不可能。
つまり、ユンくんは一緒に遊びたいと願うがために知らず知らずのうちにあのちびっこ2人をコッチの世界に引き込もうとしていたのだ。 ちびっこたちの会話から察するに、見えただけで声は聞こえてなかったみたいなので初期段階だったんだと思われる。

「無知って立派な罪なんですねー」

何はともあれ無事に片付いて良かった。終わり良ければ全て良し、翼が問題ないと言うんだから今更気にすることなんてないのだ。

「いつまでもヘタレてないで行くよ」
「もうちょっ「何か言った?」…なんでもないですー」
「ボクの貴重な力奪ったんだからさっさと残り捕まえろよな」
「人聞きの悪い言い方ですねー」


永遠の14歳。外野には天使やら悪魔やら死神やらと言われてますが、今日も今日とて気楽な幽霊気分を味わってます。