偶に見せる優しさにトキメク様な乙女じゃないので、ずっと優しくしてくれる方が断然嬉しい。 after world
「ッ、セーフですか?」 「あと1秒でも遅かったら引っ張り出してたよ」 「わお、本当にギリギリだ」 間に合ったことに安堵の息を吐きながら力なく地面にへたり込む。 本当にギリギリだったようで、見上げた空は白んできていた。 ゆるりと視線をやった先、ベンチに横たわって大人しく眠っているちびっこの姿にもう一度息を吐く。 もしも間に合わずに強引に引っ張り出されていたらちびっこは無事ではいられなかった筈だ。 消えそうな魂をなんとかするために無茶を承知で飛び込んだのに、その所為で魂に傷がついたら元も子もない。ほんと間に合って良かった。 「元から残念な顔が更に酷いことになってるけど」 「お陰さまでこの程度で済みましたー。お返ししますね」 「いらない」 「何でですかー?」 「バカが移ったら困るだろ」 「風邪じゃあるまいし…2種類も分けて貰ったままで良いんですか?」 「だからいらないって言ってんだろ。何度言えばわかるわけ?」 「それじゃ遠慮なくいただきまーす」 顔だけじゃなく至る所についた傷は放っておいてもそのうち治るだろう。 治癒力が上がったお陰でこの程度の怪我で済んだのだ。もう一つの気配を探る力だってこれから幽霊を探すのに便利だ。 鬼上司も偶にはただの上司になるんだなーとちょっぴり感動。素直じゃないのは相変わらずだけれど、 「それじゃ、もう一仕事と行きますか」 よいしょ、立ち上がる際に頂いた掛声に対する辛辣な感想はスルーしてちびっこの頭の横へ腰を下ろす。 眠っている姿は天使顔負けの愛らしさだ。きっとこれが一般的な天使のイメージなんだと思うの。何か色々ゴメンナサイ。 そんな感じの少年曰くクダラナイことを考えながら黒髪へ手を伸ばす。 さらりとした髪を撫でながら手のひらに意識を集中すれば、ややあってちびっこが身じろいだ。 「―ん、ぅ……あれ?」 「どうかしましたかユンくん?」 ぱさりぱさりと睫毛を揺らし不思議そうに顔を上げたユンくんに営業モードでにっこり笑う。 寝惚けているというか記憶が混乱しているというか、頻りに首を捻る姿が微笑ましい。 「ねぇお姉ちゃん、さっきまで空暗くなかった?」 「いいえー明るかったですよ」 「…そうだっけ?」 ちびっこがこんなことを言うのも無理はないのだ――だって彼は眠ってから起きるまでの間の出来事を覚えていないのだから。 もっと言えば、自分が眠っていたことすらわかっていない。だから彼の目には一瞬で夜が朝に変わったように映っている筈。 イリュージョンとかミラクル体験とか、とにかくそんな感じなのだろう。差し詰めあたしはマジシャンか。 「沢山遊んだから疲れてたのかもしれませんねー」 体を起こし納得いかないといった顔で辺りを見渡すちびっこの頭を撫でてやれば思ったとおり嬉しそうに笑ってこちらを見た。 わかっていたけど、ユンくんは頭を撫でられるのが好きらしい。撫で続けているとやがてご機嫌になって詮索を止めた。 こうやって大人は自分の都合の良いように事を運んで行くんだよ、とは言わないでおこう。だってあたし大人じゃないし。 「そうだ、僕 家に帰らなきゃ!」 「送って行きましょうか?」 「お母さんが迎えに来てくれるからダイジョーブ。だからお姉ちゃんも僕のこと気にしないで早く帰った方が良いよ」 お父さんとお母さんが待ってると気遣ってくれるちびっこには顔に出さず苦笑を浮かべる。どこぞの幽霊モドキも騒いでたし、次のお盆辺りには帰ろうかなー。 そんな考えは微塵も出さず「ありがとうございます」と微笑むあたしにユンくんは人懐こい笑みを更に深めた。 「――あ、お母さん!」 アッチの世界で記憶を漁った際に見たユンくんの母親は彼と同じで可愛らしい笑顔を浮かべる人だった。 記憶としてではなく実際の姿を見てみたかったけれど、生憎とあたしの目に映るのは一羽のスズメなわけでして、 ――幕が下りるまでちゃんと演じきるから、キミもちゃんと騙されてね。 「あのね、僕いっぱい遊んだんだよ」 とびきりの笑顔を顔中に広げて駆けて行くちびっこの背中を見送れば目を閉じて深呼吸 一瞬の後に再びちびっこの前に現れたあたしは、彼の瞳には大好きなお母さんの姿として映っているのだろう。 瞬間移動という貴重な体験をした鳥は世界中探してもベンチの上で首を傾げているスズメだけかもしれない。 危険を冒してまでユンくんの中に入ったのは、彼にとっての大切な存在を思い出してもらうのと母親の姿を記憶する為だったのだ。 小さな彼に己の死を伝えるのはあまりにも酷だし、頑なに事実を拒否している彼の場合そのショックで消えてしまう可能性が高い。 ない頭を振り絞るまではいかないけどそれなりに考えた結果、 それなら事実を伝えずに彼の望む形で連れて行くのが一番だという答えに辿り着いてしまったため物凄くメンドクサイけどこの方法に決めたのだ。 正直に言おう、ちびっこの記憶弄ったのも幻覚を見せるのも一瞬でスズメと場所を入れ替わるのも半端なく疲れる。本調子じゃない上に無茶して負傷している身だから尚更だ。 だけどあたしの所為で魂消滅とかご免だし、珍しく優しい少年が力を分けてくれたし、こんな可愛いちびっこの母親気分を味わうのも最初で最後だから我慢。 「遅くなってごめんね、寂しかった?」 「ううん。ヒトリボッチじゃなかったからヘーキだよ」 ふるりと首を振った小さな頭を撫でると、ちびっこは嬉しそうに笑って小さな手のひらを差し出した。 成程、迷子防止には打って付けだ。相変わらず透けている手のひらをそっと握れば、ぎゅっと握り返される。 「お姉ちゃんとアツシたちにバイバイ言ってないや」 思い出したように振り返っても、生憎とスズメさんは飛んで行ってしまったのでベンチには誰もいない。 消えたあたしの影を探して背伸びまでしているちびっこには悪いけれど、体力の消耗が激しいのでボロが出る前にさっさと連れて行こうと思います。 「一緒に帰ろう、ユンギョン」 「うん!」 母親が迎えに来たら子供は家に帰らなければならない――遊びは終わり、ちびっこはお母さんと手を繋いで家に帰りましょう。 向けられ笑顔が太陽みたいで目が眩みそうだ。純粋ってやっぱり最強だなーと思いつつ繋いだ手を握り直す。 ちなみに今だけあたしはユンくんの母親なので誘拐なんかじゃありません。 |