子供は泣くのが仕事なら、中途半端なあたしの仕事は何ですか? after world
膝の上の黒髪を指で弄びつつ視線は目の前の少年に注いだまま。 俗に言う膝枕なのは、高さ的に寄り掛かるよりは寝かせる方が楽だと判断した結果だ。 幽霊は眠らない。それは幽霊にとって常識のようなもの。 だからあたしの膝の上で猫のように丸くなったちびっこは眠っているわけではないのだ。 ただちょっと、こちらの都合で意識を飛ばしてもらっているだけで、 「ま、にしては良い判断なんじゃない」 「ありがとうございますー」 「貶されてることくらい気づけよ」 「ポジティブなんで」 へなりとやる気なく笑えば鬼上司はこれまためんどくさそうに息を吐く。 幽霊が自ら眠るなんてことになったらそれこそ魂が消える寸前だけれど、外部から強制的に眠らせれば相手の動きを全て停止させることが出来る。 つまり、消えそうな魂も取敢えず今の状態でキープ出来るのだ。 このやり方はあたしや翼なら出来るけれど、普通の幽霊がやるには力が足りないだろう。だってすごい疲れる。 「それで?ほんとにやるつもり?」 「はいー。だから今回は翼さんにもちょこっとお手伝いしていただけたらなーと」 「ボクの仕事は監視だけなんだけど」 「そこを何とかお願いしますー。ほら、藤村さんの時は手伝ってくれたじゃないですか」 「アレは例外」 ま、確かに例外だったけど。 いつもなら仕方がないと諦めるけれど、今回はそういうわけにはいかない。 だってあたし一人で乗り切るには不安要素が大き過ぎる。 本調子のあたしでさえ出来るか怪しいことを今のあたしが出来るのかと言われれば首を捻るしかない。てか勢い良く横に振るところだ。 「このまま連れて行けば良いだろ」 「誘拐犯はちょっとー」 「誰も捜索願なんて出さねぇよ」 「わかんないですよ。アツシくんとかが騒ぎ出して、真に受けた親御さんとかがうっかり出しちゃうかもしれないじゃないですかー」 「ばかじゃない」 「知ってますー」 あり得ないことくらいわかってる。 ユンくんはアツシくんのことを友達だと言っていたし信じていたけれど、本当はそうじゃないのだから。 一緒に遊んでいるつもりのようだが、実際はちびっこたちの輪に紛れ込んでいるだけ。 アツシくん程度の霊感では今にも消えそうな幽霊であるユンくんの存在をはっきり認識するまでには至らないのだ。 何かの際に見えたり声が聞こえたりする程度で、一緒に遊ぶことはまず無理だろう。 少し見えるだけのあのちびっこにはその程度が限界だ。…や、別に彼が悪いわけじゃないけれど。 そもそも捜索願なんて出そうとしたところでユンくんは既にこの世の者ではないのだから―― 「幽体の中なんて入るだけでも難しいのにその上ソイツが覚えてないことまで探るなんて高度なことお前に出来ると思ってんの?」 「思ってないからこうやってお願いしてるんですよー」 「人にものを頼む態度には到底見えないけど」 「これがあたしの精一杯ですー」 やる気のなさは生前からのデフォルトなので今更どうしようもないわけで。 真剣な顔をしろと言われても非常に難しいのです。きっと表情筋とかの問題だと思うの。 「たとえボクが手伝ったとしても行くのは、お前だけだ。非常事態以外では幽霊にも人間にも深く関わらないのが決まりだからね」 「わかってますよー。だから翼さんにはいつもみたいに出入り口が閉じないように見ててもらうのと、入口こじ開けるのを手伝って欲しいんです」 「…何でそこまですんの。同情?」 「どうでしょうか?敢えて言うなら自己満足ですかねー」 「ばかじゃないの」 デフォルトである呆れ顔を前に笑えば額に遠慮のない攻撃という名のデコピンが飛んできた。非常に痛い。 ちびっこの髪を梳かすのとは反対の手でずきずきと痛む額を押さえわざとらしく口を尖らせてみれば大きな溜息が落ちる。 これは多分、了承を得たと思って良いだろう。 正直に言えば、同情とか、そんなキレイな気持ちではない。どちらかと言えば正反対。彼の姿にイラっとしたのだ。 あたしは善人なんかじゃないし、たとえ偽善でも相手を労われるような優しさなんて持ち合わせていない。 だけど、優しさなんて見せかけだけでも十分だと思うんだ。それが偽りかどうかなんて相手にはわからないのだから。 嘘はばれなきゃ嘘じゃない。要は気づかれなければ良いんでしょう?それなら道化にでも何でもなってみせましょう。 だって、自分はずっとヒトリボッチだったと思って消えていくなんて寂しすぎる。 しかもユンくんの場合 全てが一方的な偽りだ。自分一人で真実を捻じ曲げたままなんて本当の友達や彼の家族に失礼じゃないか。 逃げるのが悪いとは言わない。だけどね、少しは本当の自分を見てあげることも大切なんだよ。 「準備できた?」 「それなりにばっちりでーす」 「何その日本語」 「細かいことは気にせずにー。それじゃあお願いします」 「……朝日が昇っても戻って来なかったら引っ張り出すから」 「うわー、頑張りますー」 タイムリミットの朝日が昇るまで10時間足らずというところか。 といっても飽く迄コッチでの時間であって、今からあたしが向かう世界とは時間の経過が異なる。 生きてるモノの夢の中に入るのとは違って、幽体――しかも魂が消えそうともあれば物凄く不安定な世界だろう。 そんなちびっこの中に入って更に記憶まで漁ろうとしているんだから、アッチでちびっこに何をされても文句は言えない。 不法侵入よろしく翼に手伝ってもらいながら入口をこじ開ける。ほんの少し指を入れれば、静電気のようなものに弾かれた。 ま、こんなの想定の範囲内ですが。 「翼さーん」 「わかってる」 流石優秀な天使サマ。あたしの言葉に一つ頷けば、彼は入口へと手を翳して両手から淡い光を放つ。 少年が引っ込めた手と交代して先程と同じように少しだけ指を入れれば、今度は何の問題もなくするりと入ることが出来た。 「じゃあちょっくら行ってきます」 「――、」 「はい?……!、翼さんって心配症ですよね」 「無駄口叩いてる暇があるならさっさと行け」 「はいはいわかってますよー。それじゃあ今度こそ行ってきまーす」 ぐいっと腕を掴まれて振り返る瞬間、額に触れた柔らかさにぱちりと瞬きを一つ。 のんびりしていて鬼上司に蹴飛ばされるのはご免なので素早く入口へ身を投じた。 デコピンを喰らったのと同じ場所に感じる熱に口元が緩むのは仕方がないということにしておこう。 上も下もわからない。いつものように落ちていく感覚とは違った感覚に多少なりとも気持ち悪さを覚える。 小さく呼吸を整えていつの間にか閉じていた目を開ければ、 「これはまた……酔いそう」 歪んだ世界 上も下も右も左も何もない。空間自体が捻じれている。 色んな方向から聞こえる笑い声は全てユンくんのものだろう。ある意味ホラーなんですけど。 視覚に惑わされないように今度は自分の意思で目を閉じて聴覚だけを働かせる――見つけた。 笑い声に混じって掻き消され気味な泣き声をキャッチしたなら、やることはただ一つ。どうか痛い目に遭いませんように。 |