コミュニケーションって大事ですよね。



after world



「へー、じゃあお姉ちゃんって天使なんだ!」
「そんな感じになりますー」
「すごいや!僕、天使に会うの初めてだよ」

キラキラの笑顔が眩しすぎてあたしのチンケな営業スマイルなんて霞んでしまいそうだ。
本当に信じているのかはわからないけど、サンタクロースに想いを馳せるのと同じような感じだろう。
てか純粋って一番の武器かもしれない。あたしが小学生の頃こんな風に笑ってた記憶はないんだけど……うん、忘れよう。

賑やかだった公園も夕方を過ぎれば静かなものだ。 時折やってくる人はいるけれど基本的にこの場にいるのはあたしとユンくんだけ。 取敢えずそれなりに心を開いてもらうために、並んでベンチに腰を下ろし他愛もない会話を繰り広げているわけで――最初から人懐こかったから今更な気もするけれど、

「普通の人には見えないですからねー」
「そうなの?じゃあなんで僕には見えるんだろう」
「ユンくんは不思議なものを見る力があるのかもしれませんよ。たとえば幽霊とか」
「それってお化けのこと?」
「はいー。見たことないですか?」

にっこり笑いながら問いかければ、ちびっこは暫く考え込んだ後にふるりと首を横に振った。
どうやら霊感があることに気づいていないらしい。

「それじゃあ今まで不思議な人を見たことは?」
「うーん……あ!そういえば天井に張り付いてる女の人が手振ってきたり、 車と同じスピードで走ってるオジーサン見たときはビックリしたなあ。何かの選手だったのかな?」
「……」

お前それどう考えても幽霊だろ。 笑顔を崩さなかった自分にちょっと感動した。仕事相手じゃなかったら馬鹿だろお前とか軽く言ってたと思うの。 黙り込んだあたしにユンくんはこてりと首を傾げる。相変わらず絶妙な上目遣いだなーなんて思っていれば、くいっと服を引っ張られた。

「お姉ちゃんはいつまでココにいるの?」
「決まってはないんですけど、出来れば早めに移動したいなーと」
「……そっか、」
「ユンくんは家に帰らなくて良いんですか?」
「家…?家って何?」

本当に不思議そうに首を傾げるものだからこっちが間違っているんじゃないかと思ってしまう。
もしかしなくとも記憶がないパターンですか?そういえばさっき改めて自己紹介をした時もちびっこはユンと名乗るだけでフルネームは言わなかった。 生前の記憶が薄れてツギハギのようになっているのかもしれない。

「ユンくんがご家族と一緒に暮らす場所のことです。アツシくんたちも今頃家に帰ってると思いますよー」
「僕 家族なんていないよ。だってずっと一人だもん」
「ずっと?」
「うん。目が覚めてからずっと一人でココにいるんだ。動けないから他の場所には行ったことないよ」
「…他の場所に行きたいとは思いませんか?」
「どうかなあ…わかんないや。ココにいるのが当たり前だったし、それにココにいれば友達が遊びに来てくれるもん」
「だけどずっと一緒にいてくれるわけじゃないでしょう?」
「そうだね。時間になると帰っちゃうからこの時間はいつもヒトリボッチだよ」
「寂しいですねー」
「そんなことないよ。だって、今はお姉ちゃんが一緒にいてくれる」

思ってもいなかった言葉に思わず目を丸くすると、ちびっこが照れたように笑う。
顔も整ってるし、このまま育っていたらさぞかしおモテになっただろう。その魅力を発揮する相手があたしだなんて申し訳ない気分だ。

「だけど…うん、ほんとはちょっと寂しい。恥ずかしいからアツシたちには内緒だよ?」

そんな風に可愛くお願いされたら頷くしかないじゃないか。
人差し指を唇に押し当てるちびっこをまじまじと眺めていれば、斜め後ろから槍のような視線が刺さる刺さる!
わかってますよーと答える代わりに再び営業スマイルを貼り付けた。

「ココで目が覚める前はどこにいたんですか?」
「…どこだっけ?そういえば覚えてないや。自分のことなのに不思議だね」

言葉とは裏腹にちびっこの表情からは自分の記憶に対する興味は微塵も窺えない。 この場から動けないという、普通では考えられないことすら疑問を抱いていないのだ。
まるで洗脳でもされたかのような――人懐こい笑顔を浮かべるちびっこは自分という存在を盲目的に信じている。 彼の中で常識と非常識が混ざり合い、それが新たな常識として認識されているのだろう。 家族は知っているのに家を知らなかったり、昔から伝わる歌は覚えているのに自分の名前を覚えていないのが良い例だ。

愛嬌のある笑みを浮かべるユンくんの頭に手を伸ばし優しく撫でてあげれば、彼は気持ち良さそうに双眸を細めその唇は緩やかに弧を描く。 純粋で愛らしい、いいこ だと思う。一見どこにでもいる普通の子だ――たとえその体が透けていても。

こんなに近くにいるのに、触れているのに、集中していなければ彼の魂を感じ取ることが出来ない。
あたしが普通の幽霊だったら透けている彼に触れることなど出来ないし、透けている彼があたしに触れることも不可能。 だから今あたしはちびっこに違和感を与えないように珍しくやる気を出して頑張ってます。 だってちょっとでも気を抜いたらお互いに触れることが出来なくなってしまうから。


「お姉ちゃんはずっと一緒にいてくれる?」

危うい存在だと思う。無自覚は立派な罪なのだから。  気を抜いたら漆黒の瞳に閉じ込められてしまいそう。

「ずっとなんてないんだよ」

にこりと笑うあたしにユンくんは漆黒の中に少しだけ哀しげな色を宿した。
苛めているみたいでなんだか居心地が悪いけれど、そんなこと気にしても仕方ないのでスルー。

「でも僕はずっと一人だよ?」
「ユンくんはそう思ってるけど、本当はそうじゃないんです。今までだってキミは独りじゃなかった」
「…よくわかんない」
「本当にわかりませんか?」

漆黒の檻が揺らぐ。少し喋りすぎたかもしれないな、なんて考えに至れば一先ずこの話は終わりにしよう。 あんまり刺激し過ぎて面倒なことになったら困るしね。
改めて営業スマイルを貼り付けてちびっこの髪を撫でつければ、彼はゆっくりと瞼を下ろした。


「翼さん」

静かに名前を呼べば定位置になりつつある斜め後ろにいた可愛らしい少年が目の前へとやって来る。
長いかと言われれば微妙な付き合いの長さだけれど、四六時中一緒に行動していれば言いたいことくらいわかるものだ。
しかも相手は自他共に認める天才。単純思考なあたしの考えを読み取るくらい容易いだろう。

「だからお前は甘いんだよ」

至極めんどくさそうに溜息を吐く鬼上司だって、十分甘いと思うけど。