保育士系を目指そうと思ったことは一度たりともありません。



after world



ちびっこがいた公園の上空、普通なら米粒程度にしか見えないくらい距離を取って――だけれど4、5年前に普通という言葉からはかけ離れたあたしはピントを調整することで些細な表情の変化までよく見える。

「あの子、ユンって言うらしいです。それで友達の名前がアツシ、ちなみに3年生。同い年って言ってたのでユンくんは8歳か9歳ってことになりますねー」
「そんなことどうでもいいよ」
「そうですかー?…隣にいても気配は薄い、それに時々透けてます。翼さんのことだけじゃなくてあの場にいる人間の姿も殆ど見えていないみたいです。 アツシくんは少しは見える性質みたいですし、それに関係あるんでしょうか?」
「ボクはともかく本当に他の人間のこと見えてなかったの?」
「はい。嘘を言っているようには見えないし、触っても特に嫌な感じはしなかったですよ」

あのちびっこは公園にやって来たランドセルの集団を見てアツシだけだと言ったのだ。 あたしの目には5、6人程の団体様に見えたけれど、ちびっこが見ていたのはたった一人。 そして約束だと絡めた小指からは嫌な気配なんて微塵も伝わってこなかった。

「ふうん…じゃあ決まりだな。アイツは自分が死んでるってことに気づいてないし無意識だと思うけど気づくことを避けてる。 だから自分のことを見えない普通の人間を本能的に消去してるんだ」
「でもなんで翼さんのことまで見えないんですか?姿消してなかったのに」
「アイツは自分が生きてると思ってるからボクの姿も認識できないんだよ」
「…えーと、もうちょっとわかりやすく説明していただけると嬉しいんですがー」
「生きてるヤツラは霊感がなければ幽霊なんて見えないだろ。 アレくらいのガキはそういうのが見えやすい年頃ってのもあるけど、多分アイツもそれなりの霊感があったんじゃない。 だから死んだっていう自覚はなくても普通の幽霊なら見える。 だけど普通の幽霊じゃないボクのことはアイツが自分の死に気づかなければ見えないわけ」
「なるほど。でもあたしのことが見えるってことは、結構霊感強かったんですかねー」
「違うと思うけど」
「え?」

少年ほどではないけれど、あたしだって普通というカテゴリーからは外されているレアな幽霊のはず。
疑問符を浮かべるあたしに鬼上司はデフォルトの呆れ顔。

「気づいてないわけ?――言っとくけどお前まだ本調子じゃないぜ」

思わずきょとんとした表情を浮かべると間抜け面だと罵られた。慣れてるけど。
どこぞの金髪幽霊との一件で負ったダメージはもうすっかり回復したつもりだったんだけどなー。
つまり今のあたしは霊感のある人間から見たらレアでも何でもなくその辺をふらついてる普通の幽霊ということだ。 レベル的にはあたしのが断然上の筈なのに見た目は同レベル。ちょっと複雑。

「さっさとあのガキ連れてっちまえよ」
「でも自分が死んだってことを簡単に受け入れてくれるかわかんないですよー」
「納得しようがしまいが死んでることには変わりないだろ」
「そーですけど」
「自分の立場わかってんの?顔が割れてる今 相手選んでる余裕なんてないんじゃない」

そういえばそんなことが理由でかるーく言い合ってた気がしないでもない。
反論できずに口を噤むあたしに少年は追い討ちをかけるように口を開く。

「それに早く連れて行かないとあのガキ消えるぜ」
「…どういうことですか?」
「ボクが気づかないほど気配が薄い上に時々透けてるってことから推測できないの?」
「それはただ上に行きそうなだけとかじゃ、」
「死んだことに気づいてないだけでなく本当は見えてる筈の存在を頑なに拒むヤツが自然に行けるわけないだろ。 そもそもボクは生死関係なく気配くらいすぐ読める。なのに気づけなかったってことはアイツの魂自体が消えかかってる証拠ってこと」

確かに翼ならたとえ相手が息を殺して隠れていても一定の距離にいる存在を見つけることなんて容易い。
それが人間か動物か、生きているか死んでいるかなんて関係なく、魂があるかないかで判断しているらしいのだ。

「あとどれくらい持ちますか」
「さあ?」
「他人事ですねー。魂消えたら困るんじゃないんですか?」
「困るのはボクじゃないし、がさっさと連れて行けば問題ないだろ」
「そう簡単に言われましても事実を知ったショックで消えちゃったりしたらと思うと…慎重になるというか」
「知らせず連れてけば」
「誘拐みたいで嫌ですよー」

やる気なく言ってるけど割と本気で悩んでたりする。 だって本当のこと言って消えられたらあたしの所為になるじゃないか。だからと言って強制連行して恨まれたくはない。
誰だって自分が死んでるなんてショックだろうしその上相手はちびっこだ。 親戚と合わせても末っ子だったあたしに対処法なんてわかるわけがない。小学生の頃にもうちょっとペア学級にやる気を出していれば良かった。 余談だがペア学級って言うのは小1と小6、5と2と言った風に縦割りのクラスごとペアを組み、 更に出席番号が同じ子と強制的にペアにされて事あるごとに一緒に何かをさせられるという学校側が考えた面倒な制度だ。 全小学校にあるのかと思えばあったりなかったりで、中学に入ってそんなものなかったと言ってた友人を羨んだ覚えがある。 ――つまり、あたしはちびっこの扱いがあまり得意ではないのだ。
子供は好きかと訊かれる度に「可愛い子は好き」と答えていたタイプですが何か。ちなみに可愛いってのは顔より性格重視で。

「ユンくんは可愛いけど、癖がありそうだからなー」

だっていくら認めたくないからってあんなにキレイサッパリ存在を消去できるなんてびっくりだ。防衛本能が強すぎる。
齢一桁にしてあそこまで…恐ろしい子!そういやどっちが紅天女になったんだろう。

「お前も十分癖あるから」
「いえいえあたしなんてどこぞの金髪や天使サマに比べればミジンコ程度ですよー」
「そういうところが性質悪い」
「お褒めに預かり光栄ですー」

一癖も二癖もある少年には言われたくない。というか、周りがそんなんばっかりだったから感化されたんだと思うの。
へなりと笑えばお返しとばかりに鼻で笑われた。ぶり返すつもりはないけど、中身が可愛くないのはやっぱりお互い様だ。
考えるまでもなく翼が基本的に自分基準の正論しか言わないなんて今更だし、そんなことでイライラするなんてメンドクサイ。 よく考えれば金髪如きにあたしの感情が左右されるわけがない……てのはちょっと言い過ぎだけど。
気持ち悪かったのはきっと本調子じゃなかったのも関係してるんだろうなーと欠伸を一つ。ついでに空を見上げて無言で合掌
さっきのは謝るから恨まないでくださいな。

「……一応訊くけど何してんの」
「金髪さんにお祈りを一つ」
「あんなヤツの加護なんて受けたところで状況は変わんねぇよ」
「祈り甲斐のない仏ですねー」

好き勝手言っても大袈裟な反応が返ってこないのはちょっと寂しいかもしれない。
こんな風に事あるごとに思い出すのは面倒なので、さっさと転生してキレイサッパリ忘れてしまおう。

「ま、取敢えずそれなりに頑張ってみますか」