義務教育の真っ只中にいた人間に仕事人間になれというのが間違いだ。 after world
永遠の14歳。4、5年前まで普通に中学生やっていたのが嘘のよう、今では普通じゃない幽霊やってます。 ぷかぷか浮かびながら欠伸交じりに下を眺めていれば、斜め後ろからの視線が突き刺さる。 「何ですかー翼さん」 「別に」 「だったらそうやって睨むの止めてくださいよー」 「睨んでないし」 その言葉とは裏腹にくるりと振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは想像通りの不機嫌顔。可愛い顔が台無しだ。 「そうですか?後頭部に何か飛んでくる感じがしたんですけどねー」 「の勘違いだろ。そんなことよりそろそろ働きなよ」 「えー」 「何その不細工な顔」 「翼さんの顔が可愛らしいのと同じでこの顔は元からです」 「喧嘩売ってる?」 「勝てない勝負はしませんよー」 天使サマの極上スマイルと比べれば国民的アイドルだってスッポンへと早変わり。 つまり平平凡凡なあたしはスッポンにも劣るというわけだ。というか、スッポンの顔がわからない。カメの親戚? 眉を寄せて首を捻るあたしに見目可愛らしい少年はその可愛らしい顔を歪めた。 「クダラナイこと考える暇があるならさっさと働け」 「働けって言われましても、顔が割れてるお陰で散々なんですもん」 「自業自得だろ」 「何でですかー?」 「なに、そんなこともわかんないわけ?時間がかかれば顔だって割れるに決まってんだろ。 さっさと規定の人数連れてけばいいのに話聞いてもらえなかったとか今日は疲れたから明日にしようとか 毎日毎日適当な言い訳並べてチンタラやってた結果なんだよこれは。 たった14人連れて行くのに何年かければ気が済むんだよ。ボクだったら1ヵ月もかからないね」 「……最初の説明では1年って言ってたのに、」 「それはだったらの話でボクじゃないから。てかそういうことだけは覚えてるのに何で他のことは覚えられないわけ?」 「天才の翼さんとは違って興味のないことまで覚えられるような頭じゃないものでー」 口調も表情も普段通りなのにぐるりと回る感情はどうやら普段通りとは言えないらしい。 あーなんか気持ち悪いかも。落ち着こうと小さく息を吐く。 考えてみれば見た目も中身も遥かに劣る人間を自分と比べるのが間違いなんだ。 何でもかんでも優秀な翼の基準で言われたって平凡なあたしにはどうしようもない。 確かに時間はかけ過ぎだと思うけれど、別にサボっていたわけではなくあたしなりのペースで働いていたつもりだし。 落ち着かせる筈だったのに、目の前の不機嫌顔を見たらざわりと心が大きく揺れた。やっぱり気持ち悪い。 今までだって似たようなことは言われてきたしもっとキツイことを言われたこともある。 あたしはあたしで素直に聞くわけでもなく受け流したり時には反論だってした。だから不満があるのはお互い様で、 「わかってるなら凡才は凡才なりに努力なり何なりすれば」 それなのにモヤモヤとした気持ちが暴れ出したのは、金髪幽霊が欠けたことによってバランスが変わったから――ということにでもしておこうか。 「どうせあたしは翼さんみたいに頭も顔も良くないですよ」 「何それやっぱ喧嘩売ってんの」 「褒めてるのになに怒ってるんですか?別に可愛いって言ったわけじゃないのに」 「男相手に妬むくらいなら中身だけでも可愛くなる努力すれば?」 「転生しちゃえば全部リセットされるのに今更そんなことしてどうなるんですか」 「転生後の性格が少しはマシになるんじゃない。そしたら見た目が劣ってても中身でカバー出来るだろ」 「だったら翼さんは女の子になっても良いように中身も可愛くなる努力が必要ですね」 漫画やアニメだったら火花が散っているかもしれないしブリザードが吹き荒れてるかもしれない。 表情や口調は普段とあまり変わらないけれど、比喩ではなく本当にひんやりとした空気が漂っている。 「お姉ちゃんさっきから何してるの?」 冷戦よろしく手は出さずに口だけで静かにやり合っている最中、何の前触れもなく響いた声に2人して肩を揺らす。 あたしはともかく鬼上司でさえ声の主の存在に気づいていなかったなんて驚きだ。 生憎と末っ子のあたしをお姉ちゃんなんて呼ぶ知り合いはいないんだけど…。 ぱちぱちと数回瞬きを繰り返した後 声のした方へ視線を向けてみれば、人懐こい表情のちびっこの姿 「あ、もしかして僕お邪魔虫だった?」 にこにこと邪気のない笑顔を浮かべるちびっこを見下ろして首を倒すと、こちらを見上げている彼もまるで鏡のように同じタイミングで首を倒した。 「どうしたのお姉ちゃん?」この可愛らしさと上目遣いが計算されているものだとしたら恐ろしい。もう何も信じられない。 最初に連れて行った小動物系のちびっこ幽霊と同じくらいの年齢だろうか。どちらが可愛いかと言われると非常に悩むところだ。 こうしてあたしが無遠慮に頭の先から足の先までまじまじと眺めている間もちびっこは変わらず人懐こい笑顔を浮かべたまま。 ちらりと少年に視線を送ればさっきまでの不機嫌オーラは払拭されていて、代わりに何かを考えるようにひっそりと眉を寄せていた。 ――どうやら一時休戦のようだ。 視線だけで合図する翼に小さく頷き返せば、にっこりと営業スマイルを貼り付けてちびっこのもとへと降りる。 そのまま自然な流れで隣に腰を下ろすとちびっこが嬉しそうに笑ったように見えた。 「お邪魔なんかじゃないですよー。ところでキミはこんなところで何してるんですか?」 「もうすぐ友達が遊びに来る時間だから待ってるんだ」 「お友達ですか?」 「うん、僕と同い年の男の子だよ。…あ、来た!今日はアツシだけなのかな?」 一段と嬉しそうな笑顔を広げたちびっこの視線の先には黒いランドセルを背負って駆けてくる小学生 …同い年、ね。左胸で揺れる名札によるとちびっこたちは小学3年生、歳はまだ一桁ってことか。 「そうだ、お姉ちゃんも一緒に遊ぼう!」 「えーと…誘っていただけるのはとても嬉しいんですが、ちょっと用事があるのでまたの機会にご一緒させてください」 「ほんとに?約束だよ」 差し出された小指に自分のそれを絡めればちびっこは楽しそうに耳慣れた歌を口ずさんで繋がった指を揺らす。 歌の途中で「針千本は痛いからその時は僕のお願い聞いてもらうね」と無邪気に笑う以外は記憶通りのメロディーだった。 指が離れる頃 視界の隅に近付いてきた小学生を捉えればゆっくりと腰を上げる。 「さて、そろそろ失礼しますね」 「あ、待って!僕はユン。ユンって呼んで」 「……わかりました。それではユンくん、また今度」 可愛らしい笑顔を顔いっぱいに広げて手を振るちびっこにひらりと手を振り返せば素早くその場を後にしよう。 さっきと同じ場所で待ち構えていた本来可愛らしい筈の少年は、その可愛らしい顔を歪めてちびっこたちで賑わい始めた公園を見下ろしていた。 |