大抵の人間は天使だと名乗るとどうして翼がないのかと首を傾げる。 after world
今日も今日とてぷかぷかと浮かびながら考えるのは天城さんのことばかり。 恋い焦がれているわけでもないのにどうしてこんなに彼のことを考えなければいけないのかとそろそろ嫌気が差してきた。 生きてた頃だってここまで一人の人のことを考えていたことはない。 ……しかも相手が幽霊とくれば、なんかもう自分が可哀想でならないのは気のせいではない筈 「天城さーん、何か思い出したりしましたかー?」 「…か。悪いが何も」 「そうですか」 出会った当初あたしのことを射殺さんばかりの視線で貫いていた彼も、慣れたのか大分表情が柔らかくなった。 相変わらず身長差があるので首が痛いけれど、だからといって彼の上に浮かぶのもなあと我慢している。 生前の彼についてわかったことはいくつかある。そしてそれは、現在の彼にもいえるのだ 「相変わらずこの場所から動けない感じですか?」 「あぁ。別の場所へ行こうとしても気がつくとここへ戻っている」 「なるほどなるほど。やっぱり場所に関係しているのかもしれませんねー。だってここ、亡くなった場所ではないんでしょう?」 病室で亡くなった彼は、出会ったときから何故か亡くなった場所とは全く異なる場所にいる。 そもそも病気で亡くなった彼が、橋の上だなんて自殺か他殺スポットでしかないこの場所にいる筈がないのだ。 てか何で橋の上?思い出の場所かと尋ねてもこんな場所滅多に来ないそうだし、自分でも何故ここにいるのか不思議で堪らないらしい。 当事者である天城さんが不思議に思うものをあたしがわかる筈がない。あーめんどくさい。 「……こうなったら奥の手を使うしかないのかなあ」 ぽつり呟くと彼は不思議そうに眉を寄せた。 でもこれちょっと疲れるからほんとは嫌なんだけど、でもこれ以上進展ないと鬼上司が怖いからなー 「妹のイリオンさんに協力してもらうことにします」 「イリオンに?」 「はい。といっても彼女には霊感の類はないみたいなので、あたしが彼女の夢にお邪魔する感じになりますねー」 「そんなこと出来るのか?」 「可能か不可能かと訊かれれば可能ですけど、まあ面倒だったりはします」 「……悪いな、俺の所為で」 「いえいえこれが仕事ですから」 本音を言えば悪いと思うなら自力で未練なんて断ち切って上に行ってくれることが望ましいけれど、 そんなこと言い出したらそれこそキリがないので諦めよう。この3年であたしは随分と諦めが良くなったと思うの。 元々諦めは良い方というか物事への執着心が薄かった方だけれど、それ以上のスキルを身に付けた気がする そんなこんなで動けない天城さんとさよならをして向かったのは彼の妹さんがいる家 ドイツとのハーフである彼とは違い、彼女は生粋のドイツ人らしく、兄とは違うタイプの整った顔をしている。 お母さんも美人だし、彼女もあと数年もすればますます美人になるんだろう。 天城さんが母親と妹の存在を知ったのは数年前らしいが、そこら辺の複雑な事情も今はどうでもいい。 「ボケっとしてないでちゃっちゃとやれよ」 「あれー翼さん?もしかして手伝ってくれるんですかー?」 「寝言は寝て言え。こっちはボクが見ててやるからさっさと行け」 言うや否や、眠っているイリオンさんへと突き飛ばされる 相変わらず乱暴だなーと思いつつ、何だかんだで手伝ってくれるらしい少年に感謝だ。 優秀な彼が見ててくれるなら彼女の夢から帰れなくなるなんてことはないはず……たぶん、 落ちていく感覚に慣れた頃ゆっくりと目を開けるとそこには綺麗な湖が広がっていた。 なるほど、これが彼女の夢の中か。随分と優しい心の持ち主らしい。 湖の真ん中に座りこむ彼女の下へ降り立つと、ふわりと水面が波打つ 気がついた愛らしい顔の少女がエメラルドの瞳にあたしを映した。 「あなた、だあれ?」 「初めましてー天使です」 「天使?…面白いこと言うのね。それで天使さん、どうしてここへ?羽根を失くして落ちてしまったの?」 ことりと首を傾げる彼女こそ天使に相応しい気がする。 羽根がないのは幽霊だからです、なんて夢も希望もない言葉は呑み込んで時間もないから本題に入ろうか 「羽根は諸事情で仕舞ってるんですよ。ところでイリオンさん、あなたのお兄さんが亡くなったことは覚えていますか?」 「……えぇ」 「そのお兄さんがですね、実は亡くなった今も地上を彷徨っているんですよ」 「どうして!?だってもう一ヶ月も経つのに……心残りがあるの?」 「まあそうなりますね。……あの橋、わかりますか?」 悲しそうに瞳を伏せる彼女の肩にそっと触れて、あたしの言葉と同時に現れた橋に視線を送る。 するとどうしたことか、みるみるうちに彼女の表情が悲しみから驚愕へ、そして怒りへと変わっていくではないか…! これは困った。夢は見ている者の精神が反映されて出来るものだ。 ぱきん という音と同時にあたしの足元の水面が割れ、ガラスの破片のような鋭さでこっちへ向かってくる おいおい待ってよお嬢さん。美人が怒ると怖いってのはこういうことですか? 「イリオンさん!お兄さんは今もあの橋の上にいます。あそこから動けずに困っています! もしも心当たりがあるのなら教えてください。彼を救ってあげてください!」 あたしの叫び声が彼女に届いたかはわからないけれど、これ以上長居は無用 夢の中が完全に閉じてしまう前にどうにかして出て行かなければならないのだ。 脱兎の如く駆け出して出口を探す。あぁもうこれだから嫌なんだ。せめて本当に羽根があれば飛んで逃げられるのに、 いよいよ足元までもが不安定になってきたとき、漸く見えた光に手を伸ばす ぐい、と外から腕を掴まれてそのままの勢いであたしは転がるように夢の中から抜け出した。 |