まずは目の前の上司を説得することから始めよう。 after world
「お前何考えてんの?幽霊相手に情なんて移すなって言っただろ!何度言ったら学ぶわけ!?」 「別に情を移したわけじゃないですよ。ただこれが一番穏便に済むかなあと思いまして」 「穏便に済ませる必要なんてないんだよ!お前は無理やり首輪つけてでも連れて行けば良いの!」 「首輪って犬じゃあるまいし…」 「何?何か文句ある?」 「ありませーん」 まさか死んでまで上下関係に悩まされることになるとは思わなかった。 幽体だから足が痺れることはないけれど、空中にぷかぷか浮かんだ状態で正座しているあたしは異様だと思う。 その証拠にさっきから笑い声が聞こえるわけで―― 「藤村さん、いい加減笑うの止めてもらえませんかていうかさっさと上行ってください」 「なんやちゃんツレへんなー」 「魚じゃないので釣れなくて結構」 「こりゃ一本取られたで!」 キラキラ輝く金髪を靡かせて豪快に笑うこの人はあたしが下に降りて一番最初に出会った幽霊 外見年齢は20代前半、本人曰く不慮の事故で亡くなったらしい。 資料見放題な翼なら生前の彼のことを詳しく知っているだろうけど、あたしは知らないし別に知るつもりもない。 未練があるんだかないんだか良く分からない藤村さんは、あたしの話を全部聞いてくれた癖にあっさりと逃げやがった薄情者である。 それなのにこうして事あるごとに構いに来るのでメンドクサイ。暇ならさっさと成仏しろよ。 「姫さんとの関係も相変わらずみたいやし、自分苦労してんなあ」 「だからそう思うなら協力してください」 「可愛いちゃんの頼みでもそらアカンわ。堪忍なー」 「……」 「藤村、で遊びにきたなら今度にしてくれない?今こいつ仕事中だから」 「へぇちゃんが仕事しとるなんて珍しい」 何だこいつムカツクな。 相変わらずな藤村さんはこの際スルーして、あたしの目の前で仁王立ちした翼に向き直る。 「とにかくもう天城さんと約束してしまったのであたしは彼を手伝います。怒らせて悪霊になられても面倒ですし」 「……勝手にしな。言っておくけどボクは手伝わないからね」 そう言って姿を消した翼に相変わらずだなあと苦笑を浮かべる。 姿を消したといっても仕事熱心な彼のこと。あたしからは見えないだけで近くにいるのはわかっているので気にしない。 「てか翼、早く戻りたいっていう割に手伝ってくれたことないんだよなー」 たとえば逃げる幽霊を捕まえたり、一緒に説得をしたり、 彼はいつもあたしの斜め後ろとか上とかで見ているだけで積極的に手伝おうとして見せたことがない。 死んで3年のあたしとは違い、翼は結構長いらしく立場も上だ。彼の実力を持ってすれば14人くらい簡単だろうに、 「で、今回はどんなヤツなん?」 「ん?…あぁ、天城燎一18歳。一月ほど前に病気で亡くなったらしいんですけど、」 「未練があって留まっとんのか」 「まあそんな感じです」 「天城なぁ、どっかで聞いたことあんねんけど」 「藤村さんの記憶ってあてにして良いんですか?」 そもそもあなたが亡くなったのって何年前なんですか? そんな疑問は脳内だけで止めておいて訝しげな視線で藤村さんを見やる。 「なんやその目。シゲちゃん悲しいわあ」 「はいはい。それで、どこで聞いたことあるんですか?」 「あー確かどっかの豪いグループの社長はんの名前も天城やった気ぃするわ」 「社長?…つまり彼は御曹司」 「それくらいの息子がおるっちゅー話やから、可能性としてはアリやな」 藤村さんから得た情報をしっかり頭に叩き込んで、相変わらずこの人はよく分からない人だなあと認識を改める。 友好的なくせに上へ行こうとはしない。肝心なことを話そうともしない。 あぁもうほんと、厄介の一言だ 「まだまだ遊び足らんさかい上へ行くんは無理やけどこういう協力やったらなんぼでもするで」 人好きのする笑みを浮かべる彼の申し出に折角だから協力してもらおうと頷く。 立ってるものは親でも使えとかそんな感じの言葉もあることだし、それが現世に彷徨う幽霊だろうが使えるに越したことはない。 鬼上司のご機嫌も取りたいことですし、それでは協力してもらうことにしようじゃないか。 「天城燎一、父親は天城グループの社長。物心ついた頃から母親の存在はなく乳母に育てられる」 「その乳母も何年か前に亡くしとるみたいやな」 「あー、天城さんがあんなに警戒心剥き出しなわけ分かった気がする」 乳母との関係はそれなりに良好だったようだから、愛情を知らないわけではないのだろう。 けれど生前の彼は暴力沙汰を起こしたりと温厚な性格ではなかったことが窺える。 これがどこまでの悪事になるのかはわからないけど、根が優しいのも強ち外れてはなさそうなのでそこまで酷いことにはならないだろう。 そんな予想を立てたところで彼の未練がどこへ繋がっているのかがわからなければ意味がないのだけれど 「あーもうメンドクサイー」 投げやりなあたしの態度に鬼上司はそれ見たことかと得意げに鼻を鳴らした。 彼が手伝ってくれれば一発なのに。天城さんに関する資料さえ見ることが出来れば未練の内容だってわかる筈 「翼さーん、天城さんに関する資料とか見せてくれたり「しない」…ですよねー」 「姫さんも手厳しいなあ、ちっとは手伝ってやってもええのに」 「ボクの仕事はの監視だけ。第一、ボクが手伝ったところでボクには何のメリットもない」 「ありますよー。その分早く上に戻れます」 「わざわざ下まで降りて来たのに何の楽しみもなく上に戻れって言うの?」 「……早く戻りたいっていつも言ってるくせに」 「何?――とにかくボクは手伝わないよ。退屈させるなって言っただろ」 理不尽の塊のようなこの天使に協力を仰ぐだけ無駄らしい。 これなら大人しく100年ただ働きすれば良かったかなーなんて、今更意味がないけれど |