予想外の急展開について行けるような高性能な頭は持ち合わせてないわけで。



after world



今の状況を簡単に説明するならばこうだ。
某金髪幽霊に紹介されたもうすぐ寿命を迎える疑惑の人間を見学に行ったところ、 一度目は特に何も感じなかったのに二度目に見たときはその人間の周りの空気が悪い方に変わっていたのだ。
わかりやすく言えば、祟られてる感じ?…といってもまだ気配も薄いし、マークしたばかりの初期段階だろう。
取り憑いちゃえば一気に生気を吸い取ったりそれ以外にも色んな嫌がらせが出来るけれど、 この場合は少しずつじわじわと対象者を弱らせていくことになる。 一思いにやらないということはそれほど苦しめたい相手なのかもしれない。
だけど前者でもゆっくり時間を掛けて弱らせることは出来るし、何より苦しむ姿を間近で見ることが出来る。
後者を選ぶ理由を挙げるとすれば、対象者が一人じゃない場合と対象者の傍にいたくない場合くらいか。他にもあるかもしれないけど思い浮かばない。 複数の生きモノから生気を奪うなんて芸当はそれなりに力がある幽霊じゃないと出来ないはず。虫や小動物ならまだしも人間なら尚更だ。
そして痛い目に遭わせたいのに傍にいるのが嫌なのだとしたら、


「顔も見たくないほど嫌いなのか、それとも姿を見せちゃ拙い相手がいるのか…翼さんどう思いますー?」

くるりと斜め後ろを振り返ると、可愛らしい顔をした少年は物凄くめんどくさそうな顔で口を開いた。

「さあね。でも愉快犯だろうが怨恨によるものだろうが、アイツの最期は見に来るんじゃない」
「ただ生気集めたいヤツだったら来ないですよねー」
「その場合複数をマークしてるだろうから一番面倒なケース」

考えたくないのかその線はないと踏んでいるのか、面倒だと言いつつもその口振りは軽い。
あたしとしてはこれ以上仕事が増えるのはご免なので、そのケースについては深く考えないようにしている。
期限の目安はあと5日。今のところ犯人が姿を現すこともないし相変わらず残り香が少量なのでそこから辿ることも出来ない。
それに翼が言ったとおり、最終的にはあちらから出てきてくれそうなのであまり探そうとはしていないのが事実。
だから本来幽霊探しをする時間を使って対象者の人間についてそれなりに調べてみた。――結果、あまりよろしくない人物だということが判明。

「あの人って結構悪さしてるみたいですけど、幽霊以外が何かしてるってのは考えられませんか?呪術的な」
「よっぽど力が強いヤツじゃないと無理。それにアイツの周囲にそんな力持ってる人間なんていないだろ」
「それはそうなんですけど、でも誰かに依頼したとか」
「成功率より失敗率のが高いしたとえ成功しても術者への反動もデカイ。 他人の恨み晴らすためにそんなリスク背負う馬鹿がいるかよ。いくら積まれたってボクならまずやらないね」
「それを生業にしてる人っていないんですか?」
「本当に強い力を持ってるヤツはその力の恐怖を知ってるからそんな馬鹿なことはしないよ」
「なるほどー」
「ていうかさっきから何なの?そんなに藤村の仕業だって認めたくないわけ?」

不機嫌そうに眉を寄せる翼に、どうしたものかと同じく眉を寄せる。
別に図星をつかれたわけじゃないんだけど、あたしが少しでも別の犯人説をチラつかせるとすぐコレなのだ。てかしかめっ面で済んだだけマシ。 そんなに彼を犯人にしたいんだろうか?…ま、その説が一番有力だというのは否定しないけど。
だって、資料見放題な鬼上司のことだから藤村さんのことも対象者との関係性の有無もとっくに調べているに違いないのだ。
そんな彼が金髪幽霊を疑っているんだから、それはほぼ答えとイコールで間違いない筈。
それでも捕まえて吐かせようとしないのは、何か訳でもあるのだろう。本気を出すのがメンドクサイだけとかだったらちょっと切ない。

犯人が誰であろうと、自発的に止めてくれるのが理想的。理由なんてどうでもいいというのが本音。 だけど止めてくれないのならこちらが強制的に止めさせる他ない。説得に応じてくれれば良いけれど、果たしてそう上手く事が運ぶものか。

「大人しくしてくれればいいんですけどねー」

力尽く云々の話になると、ちょっと厄介だ。怪我をするのはご免なのでその時は実力のある天使サマにお任せしようそうしよう。
くあ、と欠伸を漏らすあたしに相変わらず鬼上司の厳しい視線が突き刺さる。生理現象なんだから仕方ないのに。



「………翼さん、どこにも幽霊の気配感じないんですけどー。てかまだ元気そうですよ」

そして迎えた一週間後。未だに対象者はピンピンしてるし、幽霊の気配もない。 じわじわと弱らせる計画だとしても一向に衰弱する様子がないのも可笑しい。 もしやあの情報はデマだったのかなんて首を捻れば、斜め後ろから聞こえた大きな舌打ち。

「えーと、翼さん?わたくし何かしましたでしょ、ッ!――え?」
「あのヤロウ最初からこれが狙いかよ!」
「え、どういうことですか?てかヤバいですよ!物凄いスピードで衰弱してってます。このままじゃ…!」
「そんなのわかってる!アイツは俺たちをコッチに引きつけといて姿見せずに一気に片付けるつもりなんだよ!」

斜め後ろを振り返る刹那、急激な空気の変化に慌てて方向転換をして瞳に映った光景に唖然とする。
自室で突然もがき苦しみだした対象者。忌々しそうに声を荒げる翼。
どちらも今後トラウマになる恐れがあるので意識を逸らしたいところだが、 そんな我儘も言ってられないため視覚は前者で聴覚は後者にピントを合わせる。

「今ならお前だけでも辿れるだろ。ボクは残って進行を遅らせるからはあの馬鹿捕まえに行け」
「え、でも捕まえろって言ったって…!」

この役職に就いて4年とちょっとだけど、正直ここまで深刻な状況は初めてだ。
情けないことこの上ないがプチパニックで泣きそう。だって、どこか楽観視してたんだもん。
犯人が現れれば翼がどうにかしてくれると思ってた。あたしはその横で偶に手伝いをしてあとは見てるだけのつもりだった。
それなのに現実はどうだ。捕まえるくらい別にいい。だけどその後は…?
あたしだってその気になれば幽霊の一人や二人どうにかすることくらい出来る。出来るけど、



いつの間にか翼の方を向いてオロオロと泳がせていたあたしの視線を、彼は名前を呼ぶことで簡単に捕まえる

「死なない程度に進行を遅らせることは出来るけど最終的にアイツが取殺すのを諦めない限り意味がない。 ボクが手だしたらアイツもただじゃ済まないからね。だから、藤村を助けたいならお前がどうにかするしかないんだ」


「コッチを片付けたらボクもすぐ行く。それまで一人でなんとか出来るな」


4年も一緒にいれば情だって移るさ。悪霊になんかなって欲しくないし、況してや大怪我なんてさせたくない。「――わかりました」
しっかりと頷けば、翼がほんの少しだけ優しく笑った。

「いいな、どんな手使ってでも止めてこい」