髪が何かに引っ掛かって取れなかったら根本から抜く勢いで外す派です。



after world



「あれ、アンタもういいの?」
「はいーもう大丈夫です。先程は驚かせてしまったそうで、すみませんでした」
「あぁ別に。ただ急に倒れるから俺が何かしたのかと思っただけ。魔法的な」
「魔法を使う幽霊には会ったことないですねー」

にっこり笑うあたしに「その気になれば出来るかもしれないだろ」と無気力幽霊さん。 無表情だから本気なのか冗談なのか判断に困る。てか幽霊に魔法なんて需要がないと思う。

「それで何の話してくれんの」
「…はい?」
「何か話に来たんだろ」
「話というか、先程のお詫びに来ただけなので…そろそろお暇しようかと」
「まだいいじゃん」
「でも仕事中ですのでー」
「詫びに来たなら俺の暇つぶしてくれてもいいだろ」

そこまでする義理はないと思うあたしは何か間違ってますか?きっと可愛らしい少年は間違ってないと言ってくれると思うの。
さてどうしようかと人知れず眉を寄せるあたしの手首を横山さんはがしりと掴んだ。 条件反射で振り解きそうになるのをなんとか堪え、こちらを無言で見上げてくる幽霊に改めて視線を向ける。 横山さんの方があたしより大分背が高いのだけれど、現在進行形で彼が寝転んでいるため必然的にあたしが彼を見下ろすことになる。 上目遣いがちょっと可愛いなんて思わない。
ここ最近周りに自己主張の激しいタイプしかいないので、こうして無言で見られると結構困る。
…や、口数が少ないだけでこの幽霊も十分自己主張激しいかな。ていうか自己中。

「暇つぶしがしたいなら上に行って生まれ変わりましょうよ」
「メンドイ」
「転生してしまえばそれまでのことは全て忘れてしまうので、メンドクサイなんてこともないですよー」
「…何でそんなに勧めるんだよ」
「仕事だからです」
「ノルマとかあんの?」
「ありますよー。達成しないと帰れないんですー」
「ワーオそりゃ厳しい」
「そうなんですー。ですから横山さんにも協力していただけたらなーと」
「興味ない」
「何の刺激もない幽霊生活なんかより楽しいですよ…というか、いつまでも現世にしがみついて生前の自分がいたポジションを見ていたって仕方ないでしょう?」
「……それがセールスポイント?」
「そんな感じですー」

ここ一番の営業スマイルを貼り付けると、横山さんはほんの少し顔を顰めた。
図星とまではいかなくても思うところはあったのだろう。
彼と同じダルダル属性のあたしとしては、何かをしたくないときの理由が面倒だからってのは頷ける。 だけどたとえ興味がなくたってこんな生活を毎日続けている方が面倒だと思う。
何の変化もなくやることもなく、ただ時間だけが過ぎていく。自分一人が現実から取り残されている疎外感。
マイナスの感情ばかりが募っていく気がする。些細な楽しみを見つけても、プラスになることもなく結局は全てがマイナスへと向かう。 いつかの爽やかさんと目の前のものぐささんは違う。横山さんには目的がないんだ。そんな彼を現世に縛り付けたのはきっと、

「神様なんていませんよ。だからいくら残された者が祈っても、縋っても、生を終えてしまった魂は元の場所へは戻れません」

「命あるモノは強い。その力で上に行こうとした魂が現世に縛られることもあります。だけど、ここにいたって仕方ないんですよ。 誰も救われない…虚しいだけ。全てを忘れるということは悪いことじゃないんです」
「……でも母さんはずっと悲しんでるのに俺だけそういうの全部忘れるのって、」
「ずるくないです。というか、あたしに言わせればずるいのはあっちだと思いますよ。命あるモノは沢山の力を持っています。 今は悲しくてもいつか乗り越えることが出来る。第一この先の人生が悲しみだけなわけがないじゃないですか。 それ以上に楽しいことだって沢山ありますよ。きっとそのうち心から笑える日だって来る。悲しいだけの思い出を大切なものへ変える力がある。 それなのに雁字搦めになった魂は動くことも出来ずに縛られた時の悲しさを持ち続けなければいけない」
「だけど残されたヤツラが乗り越えれば縛るものなんてなくなるだろ」
「…そうでしょうか?現世に留まる魂は何かに縛られやすくなる。きっとその頃には別のものに縛られてしまってますよ。 だから解けるのを待ってるんじゃ駄目。自分で解かないと意味がない」
「……。は、自分で解いたのか?」
「……解きたいから、足掻いてます」
「絡まったりしねーの」
「そしたら引き千切るまでですねー」

あたしがへなりと笑えば横山さんもへらりと笑った。
彼とあたしは違うけど、どこか似てる。あたしは現世に縛られることもなくあっさり上に行ったけど、 こうして現世をふらついていると見えない何かに縛られそうになったりするんだ。 あたしという人間がいなくなって空いた穴はいつか埋まる。いつまでもあたしを想って泣き続けるわけじゃない――それが不満なわけじゃないけど。
でもね、あたしがいないことが当たり前になった世界なんて見たくないよ。それを見てへこむ自分が一番嫌。それこそメンドクサイ。
だからあたしは早く全部忘れて生まれ変わりたい。縛られてなんかやらない。

「てか自分の所為で横山さんを縛り付けてるなんて知ったらもっと悲しむと思いますよ」
「……あー、今の効いた。今度からそれセールスポイントにした方がいい。オススメ」
「似たような方がいた場合はそうしますー」
「それと無理に笑うのも止めた方がいい」
「営業スマイルは基本ですからねー」
「さっきのが可愛かったのに」
「それはドーモ。でも一般受けするのはこっちなんですー」
「ふーん。メンドクサイな」
「全くです」

やる気なく呟く彼にやる気なく笑う。あーほんと、みんなが横山さんみたいだったら楽なのに…でもそれはそれで面倒かも。
思う存分ダルダルするには周りがシャキシャキさんの方が良いってことがよくわかった。

「解くの面倒だから手伝って」

…ま、それくらいならいっか。てか仕事だしね。