思い出に足を取られていては前には進めないから、 after world
気持ちが傾いでいると、身体まで傾いでいく気がする。正直に言うと、いつも泣きたかった。 いつか感じた「もう大丈夫」に嘘はない。だって、大丈夫なんだ。 泣きたくても涙なんか出ないし、泣きたいと思うだけで実際に泣こうなんて思ったことない。 矛盾してるかもしれないけど、あたしの中ではしっかりと感情の整理がついている。 だけどね、忘れることなんて出来ないんだ。 生きているモノは悲しみや苦しみを乗り越える術を持っている。それは、忘れるという行為に似ている。 だけど死んだモノは忘れることが出来ない。生きている時に忘れていた筈のことも記憶として残っている。 死んだことを気づいていなかったり、何かしらのショックを受けた場合は一部の記憶を失っている幽霊もいるけれど、そうでない幽霊は全部覚えているのだ。 「――、!」 重い瞼を押し上げると、目の前に可愛らしい少年の顔が広がっていた。 愛らしい少年は目を覚ましたあたしを見て安堵の息を漏らす。いつもこうだと物凄く嬉しい。 「うわあ可愛い天使がいるー」 「なに馬鹿なこと言ってんの。意識戻ったならさっさと起きろよ」 「もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃないですかー。あたし倒れたんですよ」 「それだけ馬鹿なこと言えれば大丈夫だろ」 「それってあたしがいつも馬鹿なこと言ってるみたいなんですけどー」 ぶつくさと文句を言いながらむくりと体を起こす。 軽く首を動かしてみたけれどものぐさ幽霊の姿は消えていた。…というか、さっきと場所が違う気がする。 不思議そうに眉を寄せるあたしに気づいたのか、寝ている間に動かしたのだと翼が説明してくれた。 「お手を煩わせてしまってすみませんー」 「そう思うなら二度と倒れないでくれる?」 「倒れたくて倒れたわけじゃないんですけどねー」 「どうだか」 「ほんとですよー」 半分くらいは嘘だけど。だって、踏ん張りたくなかったんだもん。意識手放す方が楽だし。 言わなくてもわかっているんだろう。鬼上司は呆れたように息を吐いた。 「横山さんはどうしてましたか?」 「急に倒れるから驚いてたよ。説明するのも面倒だから適当に言い包めたけど」 「…そうですか。じゃあお詫びに行かないといけませんねー」 「……お前自分がなんで倒れたかわかってんの?」 「わかってますよー」 「……」 「あれー、もしかして心配してくれてるんですかー?」 「バカ言ってんな」 へなりと笑うあたしを鼻で笑い飛ばす天使は、今更だけど見た目と中身にギャップがありすぎると思う。 まあここで肯定されても反応に困るけど。 「……泣いてたんですよねー。4年経ちましたから流石にもう泣いてないと思いますけど」 天使だか悪魔だか死神だかよくわからない仕事をすることになって現世に降りてきたとき、まず最初に自分の家を見に行った。 通夜や葬式で涙を流す人を見た。焼かれて骨だけになる自分の身体を見た。 あたしはずっとこんな性格だから家族とそんなに仲良くなかったけど、父も母も姉も、こっちが申し訳なくなるくらい泣いていたのを覚えている。 空っぽの身体に縋って泣かれても、あたしはもうその中にはいないのに。 あの事故で加害者であるトラックの運転手も亡くなったものだから、あたしの家族は遣り切れない気持ちをぶつける相手もいなかった。 というか幽霊が茶々を入れた所為で死んだというのが真相なので、あたしの家族が運転手を恨めなくなったのはあたしとしては少し助かった。 だって事故を起こしたのはその人だとしても本来あたしはその事故で死ぬことはなかったのだから、その人だってある意味被害者だ。責められるのはなんだか可哀想。 そんな風に思うのもあたしが残された者ではないからだけれど―― 恨む相手がいないことがどれだけ辛く苦しいことなのか、あたしにはわからない。 残された者の気持ちなんて、残していった者にはわかるはずもないのだ。 あたしが家族や友人に言えることといえば、「うっかり死んでごめん」くらいだ。ついでにうっかり幽霊やっててごめん。 お盆の時に迎え火を焚いてくれてるのは知ってるけど、実は一度も帰ったことがない。非常に申し訳ない。 「さて、横山さんのとこ行ってきますね」 「そんなにアイツのこと気になるわけ?」 「気になるってわけじゃなくて、驚かせたことを謝りたいだけですよー」 「普段だったらほっとくくせに」 「翼さんから見たあたしって随分薄情なんですねー。4年もの付き合いなのに悲しいですー」 「茶化すな」 真面目な顔をした翼はちょっと怖い。全てを見透かされているような気がして、思わず目を逸らしてしまう。 「はアイツが自分に似てるから気になってるんだよ」 「……あたしはあんな無表情じゃないですよー。愛想だっていいのに」 「お前の笑顔は胡散臭い」 「うわー傷付く」 そりゃあ翼さんみたいに可愛らしく笑うのは無理ですけどー。 拗ねたように告げてはみるが、彼の表情が変わることはない。あー困った。こういう雰囲気は好きじゃないんだ。 どうしたものかと眉を寄せれば目の前の鬼上司も同じく眉を寄せた。 「――フラッシュバック」 「…え?」 「アイツに会ったらまた倒れるかもしれないぜ」 「だから大丈夫ですって。それにあたし、そんなに柔じゃないですよ」 いつも通りやる気なく笑うあたしに、少年もやっぱりいつも通り呆れ顔で溜息を一つ。 大丈夫の言葉に嘘はない。倒れた理由だってちゃんとわかってる。 だからもう重ねたりなんかしないよ。もう一度笑顔を浮かべれば、仕方がないと言うように翼も小さく笑った。 |