「生前も死後も、良いヤツラに囲まれてるのね。藤代によろしく――またね」



after world



「そりゃあの別嬪はんもスッキリしたやろ」
「物凄く生き生きした表情でしたー」

今日も今日とてぷかぷか浮かびながら、まったりとした会話を繰り広げる。
藤代は無事身体に戻れたし、有希さんを上に連れて行くことも出来たし、これでもう面倒事とはおさらばだ。
へなりと緩い笑みを浮かべるあたしと向き合っていた藤村さんが不意にくるりと後ろを振り返った。

「スッキリしたやろけど、姫さん的には良かったん?」
「別に殺したわけでもないしソイツが病気になるわけでもないならボクには関係ない」
「そうですよーただの夢ですから、何の問題もないですー」

それなりの心の傷というか、そんな感じのものは残るかもしれないけれど。そんなのあたしには関係ない。
ただちょっと、有希さんを犯人の夢の中に連れて行って「よくも殺しやがったな警察行って罪償わないと呪うぞコノヤロウ」的にかるーく脅しただけだし。 夢に入っただけで実際は何もしていないので、有希さんもあたしも悪さをしたことにはならないのだから気にすることなんて何もないのだ。

「なるほど。で、藤代の方はどないするん?ちゃんに話あるとか騒いどったやん」
「あー、それなら会いに行くので大丈夫です。また懲りずに探しに来られても迷惑だし…と、そろそろ行ってきますねー」

アイツも眠った頃だろうと2人と別れて藤代家へ向かう。―といっても、少年はついてくるんだろうけど。
姿が見えなくても彼がいてくれるなら安心して夢の中に入ることが出来る。



「藤代ー」
「お、。来ないかと思った」
「あたし信用ないなー」

コイツの夢に入るのは二度目だけれど、相変わらず目に鮮やかな青い世界が広がっている。
あいさつ代わりの軽口はかるーく流してさっさと本題に入ろうか。

「で、言いたいことって何?」
「もう本題?それより小島どうなったの?」
「無事に上に行ったよ。そだ、藤代によろしくだってさー」
「そか。そーいや俺の身体って半日アイツの物になってたんだよなー、なんか変な感じ」
「変な感じが嫌なら二度と馬鹿なことはしないように。てかすんな」
「えー」
「えーじゃない。今回は運が良かったんだからね。有希さんがあの性格じゃなかったらアンタ死んでたよ」
「でも危なくなったらまたが助けに来てくれんだろ?」
「幽霊はヒーローじゃありませーん」
「ちぇっケチ!」
「ガキか」

唇を尖らせそっぽを向く藤代をばっさり切り捨てて、用があるなら早く話せと視線で訴える。
気づいているのかいないのかわからないけれど、藤代はころりと表情を変えて口を開く

は小島と違って未練とかなくあっさり逝ったんだろ?なのになんで今コッチにいんの?」
「ちょっとした仕事があるから」
「手助けってやつ?」
「そう」
「それって具体的にどーいうこと?てか、こうやって会えるなら何で今まで会いに来てくんなかったの?」

藤代の真っ直ぐな声と視線があたしへと向き合う。 「バカだけど真っ直ぐで良いヤツね」―有希さんの笑顔と言葉が浮かび上がった。 コイツは確かにバカだけど自分が決めたことや信じることに対してはいつだって真っ直ぐだ。
あたしは人知れず溜息を零して、営業モードとは違うやる気のない笑みを浮かべる。

「あのね、あたしは仕事でコッチに来てるの。仕事サボって会いに来たりしたら鬼上司に怒られちゃうでしょ」
「それって椎名?」
「それ以外にいないでしょーが」
「ふーん。俺アイツ好きじゃないかも」
「多分あっちもそう思ってるよ」
「……はさ、ほんとに未練なかったの?生きたいって、思わなかった?」

一度だけ俯いて、けれど再びあたしに視線を合わせる藤代の目はやっぱり真っ直ぐだから。
最後くらい本音を言っても良いかなって、大きく息を吐き出しながら思う。腐れ縁のコイツになら、一度くらいぶちまけてもいいかな。

「……生きたかったよ。あたしだって、ほんとはもっと生きたかった…! ワンピース最後まで読みたかったし観たかったドラマも映画もあるしやりたかったことだって色々あるんだから! でも、気づいたら死んでたんだからしょーがないじゃん。気づいたらアッチにいたんだもん。どうしようもない。 ――だからあたしの分までアンタがやってよ。藤代はちゃんと、やりたいこととか全部やってよ」

こんな風に誰かに言ったのは初めてだ。ちっぽけなことかもしれないけど、あたしにだって未練はあった。
どうしてとか何でとか色々思ったけど、結局考えるだけ無駄だと諦めてスルーしたんだ。
色んな幽霊を相手にしていると時々その気持ちを思い出すけど、でももう大丈夫。そんなに気にしてないよ。

決して目を逸らさずに、それどころか睨みつけるようにして言いきったあたしに、藤代はいつもの効果音が付きそうなほど明るい笑顔を顔いっぱいに広げた。


「それ聞いて安心した。…うん。俺はやりたいこと全部やるし、ワンピースも最終巻まで読んでやるから任せとけ! で、サッカー選手になって初ゴール決めたらそのボールにサインしての墓に持ってってやる。 そんでヒーローインタビューで親友ののために決めましたって全国放送でお前の名前言ってやるからな!」
「最後の方別に嬉しくないんだけどー」
「うわひっで!」
「…ま、でも貰ってあげてもいいよ。最初のサインはあたしにくれるって、約束だったもんね」
「……覚えてたんだ」
「あたしって昔から信用なかったわけ?」

わざとらしく肩を落として泣き真似をすれば、嘘だと気づいているだろうに慌てて否定する声が飛んでくる。
こんな馬鹿みたいなやり取りが出来るのもあたしと藤代が腐れ縁だからだ。

「さて、そろそろ時間だから行くね」
「まだいーじゃん」
「忙しいって言ったでしょ。怒られるのはご免ですー」
「ケチ」
「なんとでも」

踵を返そうとするあたしに待ったを掛けるように声が掛かる。もう少しくらい大丈夫かなと再び藤代に視線をやるとそこには待ち構えたような笑顔。

「今度のお盆には帰ってくる?」
「迎えてくれれば帰るよ、家に」
「俺のとこにはー?」
「時間があったらアッチに帰る前に寄ってあげてもいーよ」

相変わらずのやり取りに顔を見合せて笑えば、今度こそ踵を返して出口へ向かう。 アイツが満足そうにしてるから、あたしに言いたかったこととやらも言い切ったんだろう。どれがそうだったのかはわからないけれど――。



「ただいまでーす」
「遅い」

藤代の夢から抜け出すと見目可愛らしい少年がぶすりとした顔で待ち構えていた。相変わらず仕事熱心だなーと小さく笑う。

「そんな顔してると折角の顔が台無しですよー」
「喧嘩売ってるの?」
「いえいえー滅相もない」
「クダラナイこと言ってないでさっさと行くよ」
「はーい」


永遠の14歳。天使とか悪魔とか死神とか安定しない肩書きに ヒーローがプラスされたりなんかしつつ、今日も今日とてぷかぷか浮かびながら働いてます。