憎しみからは何も生まれないなんてことないと思う。今もほら、新しい感情が生まれた。 after world
「……有希さんの気持ちはよく分かりました」 「!?」 訪れた静寂を破ったのはあたしの淡々とした声で、そんなあたしの言葉に藤代が驚きを露わにする。 美少女を問い詰めた少年は再び口を閉ざしてしまい斜め後ろからはひんやりとした空気と視線だけしか感じない。 「ならわかってくれると思ったの!同じ理由で死んだって聞いたときから分かってくれるって思ってた」 「あー、申し訳ないんですけど、あたしと有希さんは同じじゃないですよー」 「…どういうこと?」 「あたしの場合痛みとか諸々を感じる前に死んでましたし、運転手の方も亡くなったそうですから」 運転手云々というのは天使とか悪魔とか死神的な仕事をこなす為に現世に降りてきてから知ったことだ。 それにあたしの場合気づいたら上にいたので、現世に留まるほどの未練なんかなかったというのが大きな違いだろう。 親近感のようなものを抱いてくれていたらしい美少女には非常に申し訳ないのだけれど、 彼女の思う「わかる」とあたしの言う「わかる」は違う。 あたしの所為で綺麗な顔を歪めさせるのは心苦しいが、否定するところはしっかり否定しなければ後々面倒になるということを金髪幽霊のお陰でよく知っているので尚更。 「ですからあたしがわかったと言ったのは、もっと生きたかったっていう部分です。 有希さんまだ若いし美人だし、これからが楽しみでしたよねー。有希さんだけでなくきっと周りの人もそう思ってたと思います」 「わかってるじゃない。生きたかったってことがわかってるなら十分でしょう?」 「そうですねー。でもあたし、相手を殺したいという気持ちは理解できません。 これでも一生懸命有希さんの立場になって考えたんですけどね、やっぱり殺したいとは思わないんですよー」 「どうして!?だって運転手の所為で死んだんでしょ?ぶつかってきたあっちが悪いんじゃない!は、私は、何も悪くないのに…!」 「だってメンドクサイじゃないですか。どっちが悪いとかどうでもいいんです。だってあたしもう死んだんだし、相手を殺しても生き返るわけじゃない」 きっぱりと言い切るあたしに「ちゃんらしい理由やなー」と藤村さんが噴き出したから、一度はポカンと間抜け面を披露した藤代も釣られるように笑いだす。 斜め後ろからは呆れたような溜息が一つ。少しだけ部屋の温度が上がった気がするのは気のせいじゃないと思いたい。 「メンドクサイって……殺しても仕方ないなんて、私はそんな風に割り切れない」 「あたしは未練もなくあっさり逝っちゃったタイプですから、有希さんとは根本的な部分が違うんでしょうねー」 「お前はやる気がなさすぎるんだよ」 「生きてるときからその性格やったんか」 「がやる気出してるとこなんて俺見たことないっすよ」 「はいはい外野ウルサイでーす」 鬼上司の温度が元に戻ったのは良いけれどそういうツッコミはいらないわけで。 ちゃっかり便乗する2人は更にいらない。特に最後は失礼すぎる。 珍しく真面目な話でもしようかなーと思ったけど、今ので一気にやる気が消えた。だけど一応それなりの説得は試みようと再び口を開く。 「あのですね有希さん、たとえどんなヤツだとしても殺したら駄目なんです。 人間を殺したり魂を消したりしちゃいけません。そういうことすると悪霊になっちゃうんですよ」 「別にいいわ。悪霊だろうが何だろうがなってやるわよ!」 「えーとでもそうやって悪さすると上に行ったときに罪を償わないといけないんですよー」 「それでもいい。あんなヤツ許せない」 ……うーん困った。ここまできっぱり言われちゃうとどうすれば良いのかわからない。 てかあたし説得とか苦手というか嫌いだしそんなスキル持ってないし。正直に言おう、メンドクサイ。 全てを投げ出したくなってきたあたしに気づいたのか、斜め後ろから視線が突き刺さる。もう翼がどうにかすればいい。 顔には出さず苦笑すると、耳に届くのは気の抜けるような、それでいて意志の強さを感じる真っ直ぐな声 「俺バカだから難しいこととかわかんねーけどさ、小島がその犯人殺したら悪者になっちゃうってことだろ? お前がやり返したらソイツと同レベルって証拠じゃん。小島いいヤツなのに勿体ねぇよ!」 「……いいヤツだったら最初からこんなこと考えないわよ」 「そーか?死んで悔しいってのはみんな思うんじゃね?」 「は違うじゃない」 「コイツとお前を一緒にすんな。頭の作りが違うんだよ」 「えーとですねー翼さん、貶されてる気がするのは気のせいでしょーか?」 「よくわかってんじゃん」 首だけでくるりと振り返ると、人形のように愛らしい笑顔を浮かべた少年と目が合う。 その隣で笑ってる金髪には後で一発喰らわせることにして今は我慢しよう。 「藤代の言うとおりですよー。そんなヤツ殺して悪霊になるなんて勿体ないです。それより上に行って生まれ変わりませんか?」 「生まれ変わる…?」 「はいー。輪廻転生ってやつです。順番はありますけど、小島さんならすぐに生まれ変われると思いますよ」 「でもアイツが平然と生きてることは変わらない」 「じゃあ俺が警察に通報してやるよ。小島ソイツの名前知ってる?教えてくれればひき逃げ犯だって電話するぜ」 「でも目撃者はいないし…藤代が通報したところで捕まるとは思えない」 「そんなの見たってことにしちゃえばいいじゃん!公衆電話とか使って、何とか希望ですって犯人の名前だけ言って切っちゃえばいいし」 「匿名希望」 「そーそれ!」 おいこら人を指差すんじゃありません。てかコイツほんとに高校生?藤代の頭がちょっと心配になった。 だけどまあ、らしいというか何というか…藤代の言葉がきっかけで有希さんの雰囲気が和らいだ。 これで彼女が復讐を諦めて、ついでに上に行ってくれたら万々歳。 用が済めば藤代の身体から出ていくというのは嘘じゃないだろうから、そのことはもう心配していない。 もう一押しってところかなー。 「それでも心配ならあたしもご協力しますよー」 「協力って?」 「犯人が自首するように仕向けるといいますか…成功するかはわかりませんけど、それなりにスッキリ出来るかとー」 「スッキリって、あたしがってこと?」 「はいー」 「……の役目って何なの?」 「有希さんのような幽霊の手助けをするとかそんな感じですー」 あたしの台詞は気の抜けるような温度だけれど、彼女の手助けをすると言ったのは嘘ではない。 犯人を殺したいと思ったことはないけれど有希さんの気持ちもそれなりにわかるのだ。 ま、あたしの場合犯人はもう死んでるし現世にいるかもわからないけれど。 考え込むように俯いた美少女は、その顔を持ち上げた頃には可愛らしい笑顔が広がっていた。 「――2人の言う通りね。あんなヤツ殺して悪霊になるなんて馬鹿みたい。第一アイツと私が同レベルなんてあり得ないし、また生きられるならそれでいいわ」 彼女の切り替えの速さはやっぱり好感が持てる。 自分の意思をしっかり持っているけれど、それは頭が固いとはイコールじゃないのだ。 貸してくれてありがとう、と藤代の顔で愛らしく微笑んだ有希さんはするりとその身体から抜け出した。 あー良かった。これでもう気持ち悪い思いをしなくて済む。有希さんにピントを合わせていたといっても、やっぱり違和感は拭えなかったのだ。 「それじゃあ憂さ晴らしに行きましょうか」 改めて彼女に向き合いにっこりと営業スマイルを貼り付けるあたしに、美少女はキョトンと首を傾げた。 |