人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものでして。



after world



藤代の身体を乗っ取った美少女 基 小島有希さんは、少し前に車に撥ねられて亡くなったらしい。
今の藤代と同い年ということは見た目は違えど中身はあたしとも同い年ということになる。 同い年で同じ死因、少しは親近感が湧くかなーと思ったけどそうでもない。 だって、見目可愛らしい彼女は見目可愛らしい彼に似ていると思うのだ。 ――そう、今まさに斜め後ろから刺殺さんばかりの視線を浴びせてくれている少年に。

鬼上司に似ている彼女に親近感を抱けるかといえば、それはちょっと難しいと思うのです。

だからと言って別に嫌いなタイプではないし、ダルダルなあたしと違いハキハキしている様は好感を抱く。 ただやっぱりその姿に翼を重ねてしまうわけでして、何だか複雑な気分だ。 そしてその翼だけれど、何故かわからないけど彼はずっと機嫌が悪い。
有希さんに小さいと言われたことを気にしているのだとしても、マシンガントークを喰らわせずに黙って睨んでいるだけというのは可笑しい。 自分と同じくらい美しいとか可愛いとかっていう形容詞が似合う人が現れたのが気に入らないんだろうか? …あ、なんか後頭部が痛い。ちくちくというかぐさぐさって痛みが、


「つーか小島のやりたいことって何?」

そんな藤代の言葉に頭の中を回っていた考えと後頭部に感じる痛みを振り払い改めて視線を向ける。
実はあたしもそれが気になっていたのだ。幽体では出来ないことは沢山あるけど、果たして彼女は何がしたいのか。

「会いたい人がいるの」
「会いたい人?」
「そうよ、私がぶつかった車の運転手。私が死んだことずっと気にしてるみたいだから、もう気にしなくて良いって直接伝えようと思って」
「俺の身体で?てかみたいに夢に出ればよくね?」
「そんな力ないから無理よ。それにアンタのことは私の友達とか適当に言うから大丈夫」
「ふーん。その人に会うなら早くな!このままだとサッカー出来なくてつまんないし」

有希さんがその運転手に気にするなと言いたい理由は何となくわかる。 同じように死んだ立場だから言えるけど、事故だったんだから仕方ないんだし、 第一こっちはもう死んでるのに生きてる人間にいつまでもぐじぐじされると気分が悪いのだ。
彼女が藤代の身体を使ってやりたいことは分かった。でも、彼女の未練は何なのだろう?
運転手に会いたいことが未練だとは思えない。嫌な言い方をするが、死ぬ瞬間に殺した相手の心配なんてするわけがない。

「僭越ながらあたしにお手伝いさせていただけるなら、幽体のままでも運転手さんとお話することは可能ですよー」
「ありがと。でもやっぱり自分でなんとかするわ」
「そうですかー」
「俺の身体使ってるんだから自分でなんとか出来てねーじゃん!」
「煩いわね紐切るわよ」
「自分らホンマ面白いなー」

物凄いメンドクサイけど、彼女を夢の中へ連れて行くことなら一応可能だ。
そうすれば藤代の身体を借りる必要もないし、第一相手も彼女の姿を見ることが出来る。
そう思って告げたあたしの提案はあっさりと断られてしまった。まあ面倒なことしなくて済んで良かったというのが本音
勝気な性格であることは窺えるし他人に頼りたくないのもその所為だろうと納得は出来る。 出来るのだけれど、何か引っかかるような気がするのは多分 一向に止む気配のない斜め後ろから刺さる視線の所為だろう。
もう本当に何なんだ。 藤代や藤村さんのような騒がしいタイプを鬱陶しく思うのはわかるけど、少年の視線が向かうのはその2人ではなく美少女なのだ。 性格的に合いそうなのにどうして?…やっぱり同属嫌悪なのかなあ。

「ちょっとアンタ、さっきから私のこと睨んでるけど何なの?」
「……」
の上司とかいうアンタよ!言いたいことあるなら口で言いなさいよ女々しいわね」
「じゃあ言うけど、お前嘘ついてるだろ」

不機嫌そうに顔を歪めていた有希さんは、翼の言葉にぴたりと動きを止めた。
彼女は一瞬の後に表情を取り繕ったようだけれど、その一瞬の驚愕に満ちた表情を見落とすような天使サマではない。ちなみにあたしも気づいてしまった。

「気にするなって言いたい?―違うだろ」
「…何が言いたいの?」
「お前が何しようと勝手だけどボクの前で馬鹿なことされたら迷惑だってこと」
「アンタに迷惑なんて掛けないわ。それに馬鹿なことって何よ?」

「たとえばソイツを殺したい、とかね」

ひんやりとする温度を感じて慌てて翼を振り返れば、彼は今まで見たこともないような酷く冷たい顔で笑っていた。
本来幽霊に体温はない。温かさも冷たさも何もないのだ。でも、今確かに翼から感じるのは冷え切った温度
間違いなく彼の所為でこの部屋の温度は一気に下がったと思う。


「待てよ椎名!何でお前がそんなのわかんだよ。小島が違うって言ってんだから決めつけんなって!」
「部外者が口出すな」
「ハァ?俺が部外者?何でだよ、小島が乗り移ってんのは俺の身体だ!」
「生きてるヤツに死んだヤツのことは関係ない。ボクらとお前じゃ世界が違う」
「違うって何だよ!今だって目の前にいるのに、生きてても死んでてもは俺の友達なんだから関係なくなんかない!」
「いやいや今あたし関係ないから。てか2人とも落ち着いて」
まで関係ないとか言うの!?」
「いやだからそうじゃなくて」

喚く幽霊モドキをどうやって黙らせようかと眉を顰める。ごめん藤代メンドクサイから今は黙って。
こういう時こそ緊張感のない言葉で場の空気を変えて欲しいのだけれど、藤村さんは黙ったままだ。
そもそも何で翼はムキになってるんだろう。ムキになっているとは少し違うかもしれないけれど、少なくとも冷静さを欠いている。
いつもの翼ならたとえ相手に霊感があったとしても、人間との接触を極力控える。無関心を貫くように黙っている筈。
コッチの事情をペラペラ喋るなって、口を酸っぱくして言い聞かせるのは翼なのに、

「もう良いわ藤代。ソイツ―椎名の言う通りよ」

水面に滴を落とすように、静かに響きわたる声 自嘲的ともとれる笑みを浮かべて有希さんは静かに息を吐き出した。
シニカルな笑みは美少女だと絵になるが、藤代には似合わない。ピントを合わせておかないとやっぱり違和感だらけだ。

「私が事故に遭ったのはほんと。だけどアイツが逃げずにすぐ救急車を呼んでさえいれば死ななかったかもしれない」
「ひき逃げってこと?」
「そう。アイツ気づいて車から降りてきたくせにそのまま逃げたの。 私は動けなくて自分でどうにかすることなんて出来なかったし、人通りの少ない所だったから誰も気づいてくれなくて…」
「ソイツ、今どうしてんの?」
「未だに捕まってないし出頭する気配もないわ」
「でも殺すって…嘘だろ?」
「ほんとよ。あ、でもアンタの身体に入ったのは殺すためじゃないから安心して。ソイツに会って直接言ってやりたかったの。 どれほど痛かったか、悔しかったか。もっと生きたかったって、言ってやりたかった。それでアンタに身体返した後に取殺してやろうって」

「私を殺して平然と生きてるアイツが許せない」