何度も言ってると思いますが大事なことなのでもう一度言います、何これほんとメンドクサイ。



after world



見てこれすごくね?俺ここにいるのに俺が動いてる!」

馬鹿騒ぎしているバカは存在ごとスルーしてくるりと後ろを振り返り、 何やら楽しそうな金髪もスルーで険しい顔をした可愛らしい少年に視線を送る。 あたしの視線に気づいているだろうけれど翼の視線はあたしのそれと交わることはなく、 彼が見つめるのは不機嫌そうにチョンマゲを外している藤代で、

「翼さんこれって、」
「よく見な。わかるだろ」
「……あ!」
「えらい整った顔した姉ちゃんやなー知り合いか?」
「いえ、知り合いってわけじゃないんですけど…一方的に知ってるって言うか、」
「なー、俺戻れないんだけどどーいうこと?」

抜け殻の筈の藤代が動いた理由なんて本当は翼に確認しなくてもわかっていたけれど、彼に言われて目を凝らして見て驚いた。
藤代の身体に重なるように見ず知らずの幽霊の姿が浮かび上がると思っていたのに、浮かび上がったのは数日前に見かけた美少女だったのだ。 素早く状況を把握したあたしたち幽霊とは違い、幽体離脱という芸を身につけはしたけれど基本的には一般人の部類に入る藤代は不思議そうに首を傾げる。

「なあどーいうこと?」
「………今日もこの前も、こういうことになると困るから早く戻れって言ったしもうやるなって言ったの」
「乗っ取られるとかってやつ?」
「そう。それで今まさにその状態」
「でも取り返せばいいんだろ?てか俺の身体だし」
「そう簡単にいけば良いんだけどね。 一つの器に二つの魂は入れないから、あの幽霊がアンタの身体から出て行かない限り戻ることは不可能。 たとえ藤代の身体だとしても、今の主導権は中に入ってる彼女にあるの」

取り憑かれるのと乗っ取られるのでは状況の深刻さが異なるのだ。
前者の場合は幽霊がその対象に寄り添って生気を奪っていくので、取り憑いた幽霊を引き剥がしてしまえばいい。 けれど後者の場合寄り添うのではなく対象の中に入ってしまうので、引き剥がすことが出来ない。 主導権が中に入った幽霊にあるため、無理に剥がせば身体が傷つくし強引にやれば致命傷にもなり兼ねないからだ。

幽霊が人間の身体を乗っ取る場合の殆どはまず対象を取り殺して魂を追い出し、 抜け殻になった身体に自らが入り徐々にその魂を器に定着させていく方法をとる。
その場合人間はもう死んでしまっているのでその幽霊というか悪霊を何とかしたいなら強引に引き剥がしても問題ない。
でも今回は違うのだ。幽体離脱をしている間に身体を乗っ取られたので、藤代はまだ生きている。
そして幸いなことに器と魂を繋ぐ光の紐がまだ切られていない。
逆に言えばこれを切られると藤代の魂は二度と身体に戻れなくなり、死んだということになってしまうのだけれど。


「何かよくわかんねーけど、要するに俺の中に入ってるヤツに出てってもらえば良いってこと?」
「そういうこと。でも怒らせてこの紐切られたら最後だから」

怖がらせたくはないけれど最悪の事態を防ぐには前もって伝えておいた方が良いこともある。
あたしの言葉に漸く今の状況を把握できたのか、藤代は神妙な面持ちで固唾を呑んだ。

「ま、これが繋がってるってことは魂を定着させることも出来ないから、まだ完全に乗っ取られたわけでもないよ」

――とは言っても、彼女が出て行ってくれなければずっとこの状況が続くわけだけどね。
窓の外にいるあたしたちが見えている筈の藤代 基 美少女はこちらに視線をやるでもなく普通に授業を受けている。 声が聞こえているかはわからないが、身体に戻ろうとした際に藤代が一度彼女へ近づいたからあたしたちの存在には気づいているだろう。
助けてくれと視線で訴える藤代に呆れ顔で溜息を一つ。
コノヤロウ面倒なことに巻き込みやがって。でも仕方ない、腐れ縁の好みで協力してあげましょう。あーメンドクサイ。
頷いたあたしに幽霊モドキは嬉しそうに笑った。まずは美少女さんとの接触を試みようと思う。



「何度もすいませんー、少しで良いのでお相手してもらえないですかねー」

営業スマイルを貼り付けて藤代、じゃなくて美少女に話しかけるのはこれで何度目になることか。
何も聞こえないと言わんばかりに悉くあたしの存在を無視してくれる彼女は、あたし以上にスルーのスキルが高いらしい。
なんかもういっそ清々しい気分です。素晴らしすぎるよお姉さん。

「おいお前シカトすんなよなー。つーかそれ俺の身体なんだけど」

一定の距離とタイミングを計って話しかけるあたしとは違い、所構わず彼女の周りをぐるぐると回る幽体の藤代をスルー出来るのは本当にすごいと思う。 あたしだったら余りのしつこさというかウザさに一撃ほど喰らわせていると思うの。
妙な感心を覚えるあたしの耳には相変わらず騒がしい声が響き渡っている。

「あ!お前どこ行くんだよ!?このあと部活なんだから帰るなって!」
「待って藤代、彼女が一人になってくれた方がこっちも助かる」
「えーでもサボったら三上先輩うっせーし」
「アンタが戻れなければ怒られることもないから」

不服そうではあるものの一応納得はしたのか、それ以上部活については何も言わずに自分の身体の周りを飛び回る。
あ、ちょっとだけ美少女が入った藤代が嫌そうな顔した。


そんなこんなで藤代家まで辿り着き彼の自室までやってくると、今までだんまりを決め込んでいた彼女が漸く口を開いた

「ごちゃごちゃ煩いのよアンタ。ハエみたいに私の周り飛び回るの止めてくれる?」
「うえ、俺オカマみたい」
「ハエのことはスルーしてくださって構わないので、いくつか質問させていただいてもいいですかー?」

いいわよ。と、これまた綺麗な笑顔で了承してくれた美少女にこちらも笑顔でお礼を述べる。
あんまり悪い人には見えないなーてかなんか少年に似てると思いつつ、相変わらず複雑そうな顔で自分の顔を見つめる幽霊モドキをちらりと一瞥する。
本物の幽霊というとあたしや翼が当て嵌まるのか微妙だが、とにかく幽霊サイドのあたしたちとは違い、 幽体ではあるものの一応まだ人間である藤代は自分の身体に入った彼女の姿は見えないのだ。
ちなみにあたしは藤代の身体に重なるようにして美少女の姿がしっかりと見えているし声も二重に聞こえているので、気持ち悪い思いをしないためにも美少女だけにピントを合わせている。

「えーと、まずはお名前教えてもらえますか?ちなみにわたくしと申しますー」
でいい?私は小島有希。有希で構わないわ」
「有希さんですねー、あたしのことはお好きにどうぞ。それで、どうしてその身体に入ろうと思ったんですか?」
「やりたいことがあって身体が必要だったの。でも関係ない人間を殺すつもりもなくて困ってたんだけど、 偶然この男が幽体離脱できるって知って、それならこの身体借りれば良いかなって」
「なるほどー。つまり、その用事が終われば出て行ってくれるということでよろしいんですかねー?」
「勿論」
「そんなこと言って後でやっぱり返さないとかなしだかんな!」
「ちゃんと返すって言ってるでしょ。あんまり煩いとこの紐切るわよ」

睨み合う藤代×2の姿に後ろから噴き出すような笑い声が漏れる。今更だけど彼には緊張感がなさすぎると思う。
あたしたちの後ろをずっと陣取っている金髪幽霊さんは、どうやら暇を持て余しているようだ。

「スマンスマン、面白い光景やったんでつい」
「酷いっすよ藤村さん!」
「これでも我慢しとったんやって」

「…ずっと聞きたかったんだけど何なのアイツラ。金髪はずっと笑い堪えてるし、小さい方はずっと睨んでくるんだけど」
「金髪はただの幽霊なんで気にしないでください。もう一人はあたしの上司ですー」
「上司?じゃあはただの幽霊じゃないのね」
「はいー、ちょっとした役目を持った幽霊だったりします」

天使とか悪魔とか死神的な仕事です、とは本来コッチの世界とは無関係な藤代がいるので言わない。