誰か今すぐこのバカをあたしの目に入らない場所へ連れてってください。 after world
数日前の落下事件のことなどなかったように、今日も今日とてぷかぷか浮かびながら鬼上司の視線とお小言を受け流す。 この数日の間に実は2人も上へ連れて行くという好成績を収めたのに、見目可愛らしい少年曰くまだまだやる気が足りないとのこと。 今までにないくらい頑張ったのに酷い。 もっと働けと言うばかりでちっとも褒める素振りを見せない翼の態度に、実はあたし珍しくちょっぴり本気で拗ねていたりする。 「なんやちゃん、そない口尖らせてどないしたん?」 「何でもないですよーてか久しぶりですねー」 「ちょお野暮用あってな。シゲちゃんが来たからにはもお寂しないで」 「や、元々寂しくなんかないんでお気になさらずに」 「照れんでもええねん」 「相変わらずですねー藤村さん」 久しぶりに現れた金髪幽霊の事情なんてどうでも良いのでスルーして、否定するところだけしっかりと答える。 監視役である翼とはいつも一緒に行動しているけれど、現世を彷徨うただの幽霊である藤村さんとはいつも一緒というわけではない。 そもそも上へ行ってくれそうな幽霊を探すために色んな場所へ移動しているので、普通の幽霊があたしたちと一緒に行動するのは無理なのだ。 無理なのに、行く先々にひょっこり現れるこの幽霊が不思議でならない。 活動範囲が広すぎることや彼の持つ情報量から考えて、きっと藤村さんは何十年も現世を彷徨っているうちに力が強くなったタイプだろう。 …と、まあ実はそれなりにこの金髪幽霊について推測は出来るんだけれど、やっぱりどうでも良いというのが本音なのでスルーしている。 それに資料見放題の翼なら自分の周りをウロチョロしている幽霊のことくらいとっくに調べている筈。 そんな彼が何らかのアクションを起こすこともないので、きっと特に問題はないのだろう。 「――おい藤村」 「なんや?」 「お前……、ちょっとあの馬鹿どうにかしろ」 「え?」 少年の台詞が中途半端に途切れたと思ったら、彼は大きな溜息のあと舌打ちをしてデフォルトの呆れ顔を浮かべた。 突然の指名にあたしはぱちりと瞬きを一つ。それからふと何かが近づいてくる気配に気がついて視線をやる。 「……藤代?」 「!やーっと見つけた!」 「アンタ何してんの」 「に言いたいことあったの思い出して探しに来ちゃった」 「………」 「見いひん顔やなー、ちゃんの知り合いなん?」 「元クラスメートっす」 「幽霊ちゃうねんな…てことは自分、幽体離脱中ってやつか」 「あ、わかるんすか?」 「この生活長いさかい」 和やかムードの2人の会話が遠くに聞こえるのは、きっとあたしの意識が遠退いているからだろう。 「おーいどうしたー?」「目ぇ開けたまま寝たらアカンで」――目の前でひらひらと揺れる手を払うというより叩き落として、 不愉快な笑い顔にはこちらもとっておきの営業スマイルを貼り付けて一瞬で黙らせる。 「もう二度とすんなって言ったよね」 「そーだっけ?」 「その耳と頭は飾り?」 「なんでそんな怒ってんの?てかが会いに来てくんねーのが悪いんじゃん。それに俺気をつけるって言っただけでやらないとは言ってねぇもん」 「だったらあたしだってまた来るなんて言ってない」 てかお前覚えてんじゃん。 視線で訴えると幽霊モドキは拗ねたように頬を膨らませた。何だお前ガキか。微妙に可愛いのがムカツク。 「女版姫さんみたいやなあ」 「一緒にすんな」 「金髪五月蠅い」 楽しそうに呟いた金髪を少年と同時に一刀両断しつつ視線は藤代に固定したまま。 睨み合いとまではいかないけれど、それでも雰囲気的にはそんな感じでお互い見やっていれば膨れっ面の藤代が口を開く 「俺ずっと待ってたのに」 「………。あーもう、わかったよ謝ればいいんでしょ。ごめん」 腐れ縁というのは性質が悪い。この顔を見ているといつだってあたしが先に折れてしまうのだ。 あたしの言葉に満足したのか、藤代は効果音が付きそうなほど明るく笑う。 「謝ったからもう戻って」 「えー」 「えーじゃない」 「だって俺まだに言いたかったこと言ってない」 「話なら後で聞きに行くから今は戻って」 「そー言ってまた来ないかもしんねーじゃん」 「ちゃんと行くから。いい加減にしないと怒るよ?」 「もう怒ってるくせに」 尚もぶつくさと文句を言うものだから無理やり身体にぶち込もうかと物騒なことを考える。 目の前の藤代は再び膨れっ面を披露してくれながらギャイギャイと何か喚いているけどシャットアウト。 …よし、決めた。あたしは藤代から伸びている光の紐をがしっと掴むと、そのまま紐の先を辿るように引っ張っていく。 「う、わ!ちょっ乱暴!」 当然幽霊モドキは紐に引っ張られるわけで。ここでもあたしの都合の良い耳はギャーギャーと喚く声をスルーしてくれた。 監視役である鬼上司がついてくるのはわかりきっているが、金髪幽霊までもがついて来ているのはきっと楽しそうだと思ったからだろう。 あたしはちっとも楽しくない。引っ張られる速度に慣れたのか、藤代はジェットコースターみたいだと笑っている。 相変わらずコロコロと表情が変わるヤツだ。 「…藤代、アンタまた授業抜け出したわけね」 「だって数学わかんねーし」 その言葉には思わず頷きそうになるけれど、そうするとコイツが調子に乗るのことは明らかなので重い頭が落ちないように力を入れる。 学校へと伸びている紐を更に辿っていくとやがて一つの教室へと辿り着く。 窓の外から中を覗き見れば、立たせた教科書に隠れるようにして机に伏せっている本体を発見。 頭上に小さなチョンマゲが作られていたり腕にマジックで何か書かれていることから見て、 周りや教師が起こそうと奮闘しても起きないので放置されているのだろう。 きっとこのクラスではよくある光景なんだろうなーと、生前の記憶に残っている光景とぴたりと一致したことに思わず笑みが漏れる。 もしもこのクラスに霊感がある人がいれば、教室内と窓の外、藤代が2人いることにプチパニックを起こしてくれるだろうか。 「はい、じゃあ戻って。自分で戻らないなら強制的にあたしが戻してあげてもいいよ」 「自分で戻りまーす」 右手を高々と挙げる姿に満足して紐から手を放す。 またこんなことがあったら堪らないので今夜にでも会いに行こうと決めながらヤツがちゃんと身体に戻るのを確認しようとその背を見送る。 幽体の藤代が本体である身体に戻ろうとしたその時、抜け殻の筈の藤代がむくりと頭を持ち上げた。 「お、俺が動いた!」 スッゲーってお前、感動してどうする馬鹿! 驚愕で目を見開くあたしの斜め後ろでその視線の鋭さが増した。 |