命あるモノなら誰だって自分だけの世界を持っている。



after world



「俺こんな夢初めてなんだけど、これっての影響?」
「そんなこと気にしなくていーから」
「説明すんの面倒なんだろ」
「それより聞きたいことあるんだけど」
「うわー、普通にスルーした!」

「アンタいつから幽体離脱するようになったの?」

妙なところで察しが良いというか勘が鋭いというか、とにかく好奇心旺盛な藤代の質問は聞かなかったことにして本題に入る。
あたしの表情がほんの少し変わったことに気がついたのか、藤代はぴたりとはしゃぐのを止めた。

「一週間くらい前?階段から落ちて頭打ったときが最初」
「……」
「あ!でもそん時は俺もしかして死んだの!?とか思って急いで身体ん中戻ったし、別に怪我もしてなかったから気にしてなかったんだけど」
「…そう。それで?」
「寝る時にそーいえばあれって幽体離脱だったのかなーって思ってそのこと考えながら寝たら、気づいたら俺が俺の下で寝てんの見えてすっげぇビビった。 結構遠くまで行けるし空飛ぶの楽しいからそれから暇なときとかに抜け出してる感じ?に会ったときは授業中だったんだぜ」
「じゃあコントロール出来るってこと?」
「ばっちり!」

白い歯を覗かせて誇らしげにブイサインをする姿に若干の苛立ちを覚えて立てた2本の指を思い切りエビぞらせた。 痛い痛いとか悲鳴みたいな情けない声はスルー。 自分でコントロール出来るなら何かの拍子に魂が肉体から飛び出てしまうこともないだろう。内心ほっと息を漏らしつつ表情は変えない。
小中と同じ学校だったコイツとは何かとクラスや委員会が同じになることが多かった所謂 腐れ縁というやつで、 好きなマンガやお菓子の趣味も会うことから顔を合わせればそれなりに話をした。
中学でも背が高かったけど3、4年ぶりに見た藤代はますます背が伸びてほんの少しだけ大人びて見える。…最後のは目の錯覚かもしれないけど。

「もうすぐ受験生なんだから真面目に授業受けなよ」
「まだ2年だからいーの。それに俺サッカー選手になるから進学しなくてもいいし」
「相変わらずサッカー馬鹿なんだ」
「俺からサッカー取ったら俺じゃなくなっちゃうじゃん?」
「大丈夫、馬鹿が残れば十分藤代だよ」
「うわひっでー!」

言葉とは裏腹に表情は楽しげなそれのまま。こんな風に軽口を言い合えるのも付き合いの長さ故だ。
だけど一度だって藤代に恋愛感情の欠片も抱かなかったことを付け加えておこう。あり得ない。

そんなこんなで軽い世間話をしているうちに時間が経ったのだろう、青い世界がぐらりと揺れる

「じゃあもう行くね」
「また来てくれるだろ?」
「さあ?そんなことより藤代はもう二度とゲーム感覚で幽体離脱なんてしないよーに」
「気をつけまーす」

アイツの言葉はいまいち信用に欠ける。なんてことを口にしたら、どこぞの可愛い顔した少年にお前が言うなと真顔でつっこまれるのはわかっているので心の内に止めておく。 出口へと向かうあたしの背中に「絶対来いよー!」とか何とか聞こえるけど聞こえないふり。
生きてる人間と幽霊が接触することなんてない方が良いんだ。だからもう二度とアイツの前に姿を現す予定はない。


無事に夢から抜け出したあたしは、ベッドの上でぴくりと瞼を動かす藤代に一度だけ視線をやればそのまま声を掛けることもなく部屋を出る。 声を掛けたとこで聞こえないのはわかっているのだ。無駄なことはしないに限る。
あーなんか鬼上司に似てきたのかもいやいやまさか!自問自答を繰り返すあたしの前に可愛らしい天使が現れる。

「あ、翼さん。ただいまでーす」
「用が済んだならさっさと仕事しなよ」
「疲れたのでちょっと休憩していーですかー?」
「質問の意味を成してないんだけど」
「いやー、一応聞いてみようと思いまして」
「ただの事後報告だろ」

だって何も言わないと怒るじゃないか。事前だろうが事後だろうが報告するだけマシだと思う。
ぷかぷか浮かびながら大きく伸びをするあたしに針のように鋭い視線が刺さる刺さる。

「藤代の周りに幽霊の気配なかったんですよねー。てことはアイツの幽体離脱は単なる偶然でしょうかー」
「ボクが知るわけないだろ」
「ただの独り言ですよー」

「それならもっと小さい声で言えよな」。不機嫌そうな翼の顔をちらりと見やり、その表情の変化を探る。
ふむふむなるほど。「知らない」ということはつまり、あたしが感じたとおりアイツの周囲に幽霊はいなかったということか。 正直 少年の表情から彼の心を探ることなんて出来ないけどこういうのは雰囲気が大事だ。
きっと藤代は元々その手の才能があって、頭を打った拍子にそれが開花したんだろう。てか面倒なのでそういうことで納得したい。

物思いに耽っていたので気づくのが遅くなったが、いつの間にかあたしに突き刺さっていた視線が消えているようだ。 鬼上司の機嫌が直ったのだろうかとこっそり視線をやれば、彼はどこか遠くを難しい顔をして見つめている。
どうしたのだろうと視線を辿ると、その先にいたのは何とも愛らしい顔をした美少女

「うわあ、すっごい可愛い子ですねー」
「……」
「…翼さん?もしかして知り合いですかー?」
「違う。つーかこんな時ばっかり無駄に力使いやがって」
「だって何見てるのか気になったんですもん」

少年の視線の先にいた美少女とは結構距離があるので普通に見たら顔まではっきりとは見えない。 だけどあたしは普通ではないわけで、ほんのちょっぴりやる気を出して遠く離れた彼女の顔にピントを合わせたのだ。 ちなみに生前の視力は両目1.0前後と極々普通でした。

「同年代くらいでしょーか?…でもなんか、近寄り難そう……美人オーラ?」
「バカ言ってんな。アイツはいいから他のヤツ探すぞ」
「え、いーんですか?」
「なに、文句ある?」
「いいえー」

文句はないけど疑問は残る。仕事熱心な翼が目の前のターゲット基 幽霊をスルーするなんて珍しい。
いつもだったら蹴り飛ばしてでも仕事に行かせるのに。

「……嫌な女」

そんな考えに没頭していたからだろう。翼と美少女の視線がぴたりと一致したことも、ぽつりと呟かれた冷たい温度の言葉にも気がつかなかった。