「うっせーて思ったらかよ!」


あまりにも典型的な姿に、お前それどうした、なんて聞く気すら失せて思わず苦笑する。スリッパをプラプラと揺らした彼女は、上履き代置いてけって話だよねと的の外れた不満を零した。

面倒なことには基本関わらない主義、それが若菜結人的モットーであり上手な生き方だ。だからこその話を聞いたとき即座に脳裏に浮かんだ言葉は彼女と同じく メンドクサイ だった。女子ってなんでこう厄介で姑息な事すんのが好きなんだか。時間が解決すると思いきや、どういうこった。
なんか更に厄介なことになってるじゃねえか。


「つーか、やばいんじゃねーの?」
「でもいつかは返してもらえるだろうし」
「それまでお前スリッパ生活かよ。音うるさすぎだろ」
「うーんそれはまた考えるかな。…てか喉乾いたから下いくね」
「おう、ついでに俺の分もよろしく」
「若菜は水道水でも飲んでなよ」


半ば強引ともいえる話の切り上げ方をした彼女は、それを誤魔化すかのように目じりを細めて微笑んだ。パッタンパタン乾いた音を再び鳴らして歩くその後ろ姿を表情なく見る。

(…無理してんのバレバレなんだっつの)


本人は隠してるつもりなのかもしれないが、いつだって彼女の態度はわかりやすい。ぎこちのない笑い方に気付きながらもスルーしてしまう俺ってとことん性格悪いと思うもこればっかりはアイツがヘルプでも求めてこない限り下手に動きようのない問題だし、動くつもりもなかった。


(他人を援護してまで一緒にいるとかそんなダルイ関係、別に学校なんかにいらないってのにさあ)

馬鹿らしいけどなんだかんだ、出来る事ならどうにかしてやりてえなとも思ってしまってる、今、現在進行形で。そんなこと考えた自分にもすっげえ驚いていた。
俺にとっての存在はあくまでただの腐れ縁なだけの筈なんだが、まあその腐れ縁ってやつがなかなか居心地のよいものになっているようだった。




「よーっす!」
「若菜おっせーぞ!」
「いやいや今日はやくね?15分前に学校くるとかまじ快挙なんだけど」
「そういう意味じゃねーよ」


教室の戸を開けて手を挙げれば、予想外の声が聞こえてきて教卓の上にある白黒時計に目をやる。あ、ちょっと待て。これ18分前じゃん。すっげ。早く来すぎたかもしんね。さっきから女子が妙にチラチラとこっちをみてくる視線がうざってーけど、気付かないふりをして鼻歌を零しながら席に向かうと背後からふいに手首を引っ張られた。


「…うおっと!」

ぐらりと身体のバランスが崩れるもすぐに体勢を戻す。
びびらせんな! と振り返れば後ろの席の梶がいた。ヤツは気まずそうにそれでいて少しだけ周りを気にした様子をみせた。その気持ち悪いったらこの上ない行動に思わず眉をしかめる。


「んだよ、はやく言えって」
「…、さっき3年の先輩に呼び出された」
「はあ?」


ちょっと 待て。冗談言うなよ。俺さっきアイツに会ったし。


「…それ、マジでいってんの?」


はそんなことなにも言わなかった。ただいつもみたいにへたくそに笑って―――そう、悲観そうな顔もせずに笑ったんだ。
ひやりとした汗が背中をつたった。動けない?アホか。この先ずっと動ける訳ねえだろ、アイツ、こういうこと真剣に相談してくるようなヤツじゃないってよく知ってる筈だったのに。極力ひとりで解決しようとするかっこつけ主義。変にプライドが高くってそう、俺とおんなじ、似た者同士。さっきの女子の視線といい、もしかしてクラスに敵多いんじゃ。

気付けば肩にかけていた鞄を投げるように机に放り出して教室を飛び出していた。


(うそだろ!ほんっとふざけんなよバカ!)






!」
「あ、若菜」


勢いよく廊下を走りだして階段を二段跳びで降りていく。すんなりとは見つかった。1階にある自販機からパックのジュースを取り出してから悠長にストローをさす姿にどっと疲れが落ちてくる。


「どしたの?怖い顔しちゃって」
「どうしたって…おまえなあ!」

呼吸を少しだけ整えて、髪の毛をかきあげる。何事もなさそうなケロッとした様子の彼女に酷く安心した半面、理解不能な現状に軽く眩暈がした。もしかして俺、梶とにはめられたんじゃね?だったらアイツらの昼飯全部食ってやる。…まあ、嘘の方が俺的には嬉しいけどさ。あ。やっぱ嘘であってください昼飯も奪わねえから。


「先輩に呼び出されたってマジ?」
「なに?いきなり」
「いいから質問に答えろ」


きょとんとした表情でストローに口をつける彼女にどうしようもない苛立ちを感じる。


「…さっきね。若菜に会う前の話」
「なんで言わなかったんだよ」
「付き合ってるのか?ってとにかく質問攻め、ホントそれだけだったから言う必要ないと思って」


ズズズと音を鳴らして全部飲み終えた後、は「ホントやってられないわ」顔を歪めた。ぶとうの絵柄がプリントされたパックはぐしゃりと潰される。足元を見れば相変わらずスリッパが嫌でも目にはいった。緑色のソレが視界にうつるだけで無性に気分が悪かった。
それでも俺は喉仏まではいあがってきた疑問符つきの数々の言葉を奥へと押し込めることしかできなかった。ただ呆れたように笑って。


頑なに隠そうとする彼女の中に手を伸ばすことなど到底俺には出来そうもなかった。
ただその時頭ん中をずっとめまぐるしく回っていたのはと前にした会話で。
――「手っ取り早く解決する方法あんだろ?」




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