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「まさちゃんローソク何本いる?」
「誕生日じゃねんだから必要ねえだろ」
「キリスト様の誕生日だよー」
「今日は天皇だろ」
「でもクリスマスケーキだもん」
「何千本立てる気だ。ケーキがタワシになんぞ」
「それは……美味しさが半減しそうだねえ」


派手な電飾がそこら中に巻き付けられてて目がちかちかする。

明後日が過ぎりゃ外されるのかそれとも年明けまでこのままなのか。
年明けといえば六助が初詣で合格祈願をするんだって張り切ってたな確か。

ケーキ屋の店員とやり取りをするの傍らでぼんやりと先のことを想い描いては次に移る。
考えたって結局はそんときになってみなきゃわかんねえことだらけだ。


「……、…」


視界を染める白はすぐに空気に馴染んで消えた。
今年はほんと冷えるな。肩から滑り落ちたマフラーの先を後ろにやろうと手を伸ばし、ふと思う。

俺の手を覆う手袋は今年の誕生日にから貰ったものだ。

あれ以来は出てこない。
の口から乱暴な言葉が飛び出すことは勿論、人を小馬鹿にしたように顔を歪めることもない。
あいつはまだの中にいるんだろうか。それとも、俺が願ったようにの中からも消えたのか。
今となってはもう確かめる術もない。なんも知らねえに訊くわけにもいかねえしな。


「お待たせまさちゃん。無事にケーキゲットの任務も果たしたし、早く翼くんの家行こっか?」


四角い箱を抱えたが俺を見上げて目じりを縮こまらせる。
顔いっぱいで笑うの頭に一度だけ手を載せて、視界を染め上げた白が溶け出す前に歩き出した。




***




「あ、お兄お帰りい」
「お帰りなさーい。パーティー楽しかった?」
「まあな。お前らなに観てんだ?」
「双子の話ー」
「お父さんとお母さんに会いたくて入れ代わるの」
「なんだそりゃ」


双子なのになんで両親に会うのに入れ代わる必要があんだよ。
意味がわからないと首を倒せば二人してせっせと映画のあらすじを話し出す。
お前らほんと仲良いよな。互いに足りない部分を補いながら説明を続ける妹を見て改めてそう思った。


「結局最後はどうなんだ?」
「それはまだ知らないよ」
「途中だもん。…あ!巻き戻し巻き戻し!」
「お兄も観たいなら後で貸してあげるね。あとこれ本もあるんだって」
「そりゃどーも」


再びテレビに向き直った二人の邪魔をしないように、 ついでにもう寝てるだろうちびを起こさねえように静かに階段を上って部屋に入る。

ガキの頃に両親が離婚して別々に引き取られた双子がそうとは知らず偶然出会って、 互いに片親しか知らねえそいつらが服や名前を交換して入れ代わって生活を送るなんざ、こりゃあまたどっかで聞いた話だな。
まああいつらの場合親の顔は知ってたし、入れ代わったっつっても一人の身体にもう一人が入ってたんだから同じじゃねえけど。
つか実際入れ代わったとして周りは気づかねえもんなのか?
映画や本みてえな作り物の世界じゃなくて、たとえばうちの双子が入れ代わったら…服も髪も同じにされたらすぐには見分けらんねえかも。 声だって多少の違いはあってもやっぱ似てるし、………。


「あれ、お兄また出掛けるの?」
「ちょっと出てくる。すぐ戻るつもりだけど鍵は閉めてくから」


ついさっき脱いだ上着に再び腕を突っ込みながら音を消すのも忘れて階段を下りる。
顔も見ずに声だけを投げてそのままの勢いで外に出た。そーいや今声掛けてきたのどっちだ?…やべ、ばれたら拗ねんだろうから黙っとこ。
うちの双子は基本的には仲は良いが事あるごとに一緒にされたり、逆に比べられたりすんのを嫌うからな。

双子ってのはどこもそうなのかと考えながらインターホンを押して、中から近づいてくる独特な足音にドアの前から一歩下がる。


「はーいどちら様で、……まさちゃん?どしたのなんかあった?」


ドアノブを握ったまま顔を上げたが俺を見た途端目を丸める。
誰が来たか確認してから開けろって何度も言ってんだろ危ねえなおい。
いつもの調子でつい口にしそうになった言葉をぐっと飲み込んでそれとは別の言葉を放る。


「おばさんは?」
「今日も仕事。遅番だからまだ帰って来ないけどもお母さんに用事?」
「や、違え。…上がっても平気か?」
「勿論!はいどーぞ」
「ん、サンキュ」


家ん中に入るのは随分久しぶりだな。
古くなった記憶を思い起こしながら、どうやら大した変化はなさそうだと頭の中の映像と実際のそれとを照らし合わせては一人頷く。


「なにか飲む?」
「いや、…お前さ、ガキの頃のアルバムって持ってるか?」
「アルバム?部屋にあるよ、持って来る?」
「ああ、頼む」
「任されよ!ちょっと待っててね。あ、テレビとか好きに観てて良いよう」


ひょこひょこと奥の部屋に引っ込んでいったがドアで見えなくなったのを確認して深く息を吐く。
袖を通したばかりの上着から腕を引っこ抜きながら、その手が妙にもたつくのに気づいて今度は浅い息を落とした。


「柄にもなくびびってんのか?」


馬鹿げた笑い話になりゃそれで良い。
あのとき俺の心臓をわずかに引っ掻いた傷なんざもう見えなくなっちまったくれえだし、ただの思い過ごしに越したことはねえわな。
そもそも過ぎたことを今更混ぜっ返すのは俺の性にゃ合わねえんだよ。

それでもこうしてのこのこやって来たのはそれなりの理由があるからで、 俺にとっちゃそれがまた割とでかいもんだったりするんだからこの際仕方ねえよな?


「お待たせー。アルバムっていっぱいあるから一番古いのから持ってきたよー」


数冊のアルバムを抱えてひょこひょこと近づいてくる幼なじみが、この先もちゃんと笑えるように。