10




「どっちがどっちだかわかんのか?」
「うーん、流石に赤ちゃんの頃とかはわかんないなあ。こんな服着てたなとか憶えてればわかるんだけども」


色違いの服を着た二人のそっくりな赤ん坊に首を傾げつつもはページをめくる。
同じ写真ばっかだろうにおばさんもマメだよな。
写真の脇に時々挟んである目線のコメントを読みながらの方にはおばさんはなんて書いたんだろうとこの場にないアルバムの中身に想像を巡らせた。


「じゃあこれは?」


一枚の写真を指差して問う。
玄関前で揃いの晴れ着を着た二人の内片方の頭はでかいガーゼを覆うようにネットの帽子。
前のページはどっちもこんなん付けてなかったぜ?正月早々大怪我したのか。


「それはちゃん。こっちがわたし」
「怪我してんな」
「そうなの。ちゃんお母さんの鏡台の角でおでこ切っちゃったんだよう。血がいっぱい出て痛い痛い!」
「そんなに酷かったなら痕残っただろ」
「ん、でもそんなに大きくないし上の方だから前髪で隠れて全然目立たなかったみたい」


懐かしそうに写真を撫でた指が次を見ようとページを滑る。
頬杖で隠れた口許はきっと緩やかな弧を描いてるんだろうと、横顔を見下ろしながら隠れた手に爪を立てた。

一度だけ目を伏せたのは、信じてもいない神とやらになにかを願ったのかもしれない。


「そりゃ良かったな。…そーいやお前も怪我したよな」
「え?」
「チャリで転けて傷作ってたぜ?丁度お前の妹とは逆んとこ」
「…そうだっけ?憶えてないなあ」


アルバムを眺めてたが驚いたように俺を見上げて眉を寄せる。
それでも必死に思い出そうとしてるのか考えるように視線が斜め下に落ちた。―今だ。


「もしかして痕残ってんじゃね?」

「、え?―やっ!」


告げると同時に手を伸ばす。
額にかかった前髪をかき上げて、慌てて抵抗しようと動いた手首を一つに纏めて。


「お前、」


右の眉の数センチ上、大して目立たないが確かな傷痕。


「……、か?」


真ん丸の漆黒に映る硬い顔した俺がぐにゃりと歪む。
口にした途端俺の中でかっちりとどこかが埋まる音がして、代わりに別のなにかが崩れた気がした。


「……」
「黙ってないでなんか言えよ」


喉の奥が貼り付いたみてえに声が掠れる。


「なあ、なんでも良いから言ってくれよ。…頼むから、」


我ながら情けなくて笑えるぜ。
もしかしたらと思いながら、それでもまだどっかで馬鹿げた妄想で終わることを願ってたんだ。

逃げるように泳いだ視線が机に広げられたアルバムで止まり、噛むように結ばれた唇がゆっくりと開かれる。


「……なんで教えてくれなかったのかなあ…そんな怪我したなんて、一度も言ってなかったのに」


片側だけが持ち上がった口角。薄く開いた隙間から細い息が落ちる。
俺はゆっくりと額を隠すように手を下ろして纏め上げた手首の拘束を緩めた。


「してねえからな」
「え?」
「チャリで転けたことはあってもそこまでの怪我はしてねえ」
「…、騙したの?」
「悪い」


俺を見上げる目にどんな色が映ってるのか知りたくなくて逃げるように目を伏せる。
そのまま当たり前のように横たわった重苦しい沈黙は大きく吐き出された息によって破られて、


「なにから訊きたい?…や、その前に質問。いつ気づいたの?」
「…気づいたっつーか、なんか妙に引っ掛かる部分があったからそれを確かめに来た」


俺がに消えてくれと告げたあのとき、こいつが言った言葉が妙に引っ掛かってた。
はあんたのことすごく好きだったみたいだし」―と、過去形で言ったんだ。

の妹のに直接会ったことのない俺には二人の見分け方なんてわからねえ。
だから昔のアルバムを見てどうにかその方法を聞き出せないかと思ったんだ。
どっか一つでも決定的な違いがあればと思って、な。


「見事に嵌められたってわけ。やられた」
「今度はこっちの質問。いつからだ?」
「…それは、あたしとがいつから入れ代わってるかってこと?」
「ああ」
「…ちょっと待ってて」


俺の手を外して立ち上がったが奥の部屋に消える。戻って来たその手に握られていたのは一冊の本。


「これ知ってる?双子の話なんだけど」
「…知ってる」


差し出された本の表紙にはついさっきうちの双子が観てた映画と同じタイトル。
今度は人一人分の距離を開けて俺の隣に座ったは俺の答えに小さく頷いてアルバムと並べるように本を置いた。


「最初に言い出したのはだった。ちゃん、入れ代わろうって」