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はいつもの話になると自分のこと以上に嬉しそうに自慢してた。
あいつが大事にしてた妹のことを疑いたくはないと目を逸らしてたけど、 俺とは比べ物にならねえ頭の造りをした翼の口から出た言葉は俺が目を逸らし続けてた遠くない未来像と同じで、

こうなりゃもう知らぬ存ぜぬを通すわけにはいかねえ。

と入れ代わるようになってから一ヶ月は経った。
最初はほんの一瞬だったそれも今じゃ丸一日代わっていることもあるとは言ってたがもしかしたらそれ以上代わっていることもあるかもしれない。 俺にはの言葉の真偽を確かめる術がねえから、あいつにゃ悪いがあいつの言うことを全部鵜呑みにはできねえんだ。
入れ代わるのはいつも突然だって話もどっかで疑ってる。
もしかしたらの意思でできるんじゃねえかって、そんな風に。

ただ、を大事に想ってたのと同じようにだってを大事にしてるってことだけは疑いたくはねえよな。


「まさちゃん今年はプレゼントなにがほしい?」


カレンダーの赤い日付を眺めながら訊いてきたにそういやもうそんな時期かと声には出さず呟く。
答えない俺に文句を言うでもなく、はくるりと振り返っては目じりを縮こまらせた。


「いいにいさん、なんてまさちゃんにぴったりだねえ」
「勤労感謝の日だろ」
「去年はマフラーだったから今年は帽子か手袋かなあ…受験生だもん風邪引かないようにしなきゃ」
「別になんもいらねえぜ?」
「そうと決まればお店にまさちゃんに似合うのがあるか探しに行かないと…!」
「お前って時々人の話聞かねえよな」
「ちゃあんと聞いてるよう?」
「都合の悪い話以外、だろ」
「あり、ばれた?」


肩を竦めて舌先を覗かせたの頭にぽんと手を載せる。
いつもながら無抵抗で受け入れたはそのまま視線だけを持ち上げて俺を見た。


「まさちゃんてすぐ頭撫でるよね」
「嫌か?」
「んーん。安心する」
「そりゃ良かった」
「…お兄ちゃんの顔だね」
「ん?」
「わたしは妹?」


真っ直ぐ見上げてくる瞳の中の俺と目が合ったような錯覚。
俺は一度だけ目を伏せて短い息を吐き出した。当然ながら頭に置いていた手も外す。


か」
「ビンゴー」
「いつからお前だ?」
「今だけど?」
「…そうか」
「にしても、あんたがを見る目って妹たちに向けるのと同じよねえ」
「それが?」
「随分優しい顔だと思って。あんたって中学上がる頃荒れてたんでしょ?」
「荒れてたわけじゃねえよ」
「でも教師受け悪いじゃん。一年の頃に比べればマシになったみたいだけど」
「んなことなんでお前が知ってんだよ」
「黒川くんって不良と連んでたよね、ちゃん怖くなかったの?って訊かれたんだもーん」


不良ってあいつらか。サッカー部がなかった頃の腐ってた俺らを思い出す。
売られた喧嘩を片っ端から買ってたつもりはねえがまあ、黙ってやられてやるほどお優しくはねえし。
学校で派手な騒ぎを起こした覚えはねえけど授業サボんのなんて日常茶飯事だったからそりゃ良いイメージねえわな。


「あたしも不思議なのよねえ。いくら幼なじみだからってそんなあんたとがずっと一緒にいるの」
「ずっとってわけじゃねえだろ」
「カルガモの親子みたいじゃん。ま、ちびたちへの態度見てると悪いやつじゃないってのはわかるけど」


またこいつは妙なたとえを。ほのぼのとした生き物なんて柄じゃねえよ。にゃ合うが。
そんな俺の心境をわかっているのかいないのか、の顔をくしゃりと歪ませて口の端をわずかに持ち上げる。


はほえほえしてる子だから周りになに言われようが悪ぶってるあんたのことなんて気にしないだろうけどさ、 いくらだってあんたが嫌がれば大人しく…とはいかずとも離れただろうし。そうならなかったってことはあんたがこの子を突き放さなかったってことでしょ?」
「……」
「ちょっと黙んないで答えなさいよ。それともなに、言えないような恥ずかしーい理由でもあるわけ?」
「違えよ」
「じゃあ言え」
「命令すんな」
「教えてまさちゃん?」
「……、…懐かれたんだよ」
「そんなのわかってるっつーの」
「…小三のときこいつが向かいのマンションに越してきて、道歩いてりゃよく目に入った」


転校生が人気者になんのはお決まりのパターンな上にの性格からすぐに友達ができたらしく、 あいつが一人でいるとこなんて家の近所くらいだった。この辺には同学年のやつらが殆どいねえからな。


「あいさつ程度しかしたことなかったんだけどよ、いつだったか帰り道に偶然見ちまったんだ」
「なにを?」
が泣いてるとこ」
「…」
「つってもまあ必死で歯食いしばってたけどな」
「らしくない泣き方」
「ああ、俺も後からそう思った。そんときは疑問にも思わなかったが」
「で、あんたは泣いてるを慰めてあげたの?」
「いや、なんもしてねえ」
「はあ?放置したの?最っ低」
「そうじゃねえ。俺と目が合った途端笑ったんだよ」
「…が?」
「他に誰がいんだ」


道端で蹲ってる赤いランドセルを見つけてどうするか悩んでる内に俯いてた顔がこっちを見て、 たっぷり水を含ませた赤い目にガキの俺が驚いて目を丸くすりゃあそいつはにっこり笑ったんだ。
弛んだ目じりから走った水の道も気にせずに立ち上がって、なにも言わない俺を置いてさっさと帰ってったなそーいや。


「で、それがキッカケなのか懐かれた。気づきゃ俺の周りちょろちょろしてたっけな」
「あんたはずっと好きにさせてたわけ」
「中学上がる頃にもう付き纏うなって言おうとも思ったんだけどな」

「いつも笑ってっしわんわん泣いてんのも見たけど、一人で歯食いしばって泣いてたのはあんときだけだったから」

「一人にしたらまたああやって泣くのかと思って」
「…絆されたってか」
「かもな」


あれがなければきっとはただの向かいのマンションに住んでるやつで幼なじみという感覚も芽生えなかっただろう。
今じゃ俺にとっては放っておけない妹みたいな位置にいて、できれば笑わせてやりたいと思うほど大事な幼なじみになった。――だから、


「なあ、
「んー?」
「突然で悪いんだけどよ、」


のことは嫌いでも好きでもない。
の身体を介したこいつじゃなく生身のを知ってりゃもうちょっと別の感情も芽生えたかもしんねえ。
だけど今のこいつしか知らない俺にとって二人を天秤にかければどっちが重いかなんてわかりきった話だ。


「もうと入れ代わるのやめてくんねえか?」


俺はが消えちまうかもしんねえことがこわいんだ。ごめんな。