「ねえまさちゃん、ちゅーしよっか?」 「…だろ」 「あれ、ばれた?」 「の身体で遊ぶな」 「別に今なにしたってあの子はわかんないでしょ。ま、のときになんかしたらあたしに筒抜けだけどーお」 「お前なあ」 「怒った?殴っても良いよ?」 「……」 「あっは、優しい幼なじみのまさちゃんはに手え上げたりできないもんねーえ」 耳障りな声に溜息を吐いていつもの道をゆっくりと歩く。 点滅した信号を無視して進もうとしたの首根っこを掴めば不満気に睨まれたけどもう慣れた。 そーいや初めて妙だと思ったのもここだったな。 俺がわずかな違和感を感じたあのときがとが初めて入れ代わった瞬間だったらしい。 一年前、事故に遭ったがようやく意識を取り戻したときにの中でも目覚めた。 目が覚めたら知らない部屋にいて驚いたというのは病室のことで、更に驚いたのは両親に姉の名で呼ばれたこととそれに応えようとしても声が出なかったこと。 の身体なんだから当たり前だ。 でもまだんなこと知らねえは自分の意思を全く無視して身体が動いたり喋ったりするのを聞いてやっと自分がどうなってどこにいるのか気づいたらしい。 自分は事故で死んで、は助かった。なんでかわかんねえけど死んだ筈の自分はの身体の中で生きてる。 その頃はまだの意思じゃの指先一本動かすこともできず、に話しかけてみても届かねえからそのままの中での生活を見続けていた。 だけどあの日、あっさりとの意思で足が動いた。 ま、でも入れ代わったのは一瞬ですぐにに戻ったらしいが。 それから少しずつ入れ代われる時間が長くなって、今じゃ丸一日入れ代わってることもできるとか。 の中にいるだけだったときと同じでのときもは周りでなにが起こってるのか見えてるけど、 になったときはは眠ってるとかで周りのことは一切見えてないらしい。 一年の中にいただけあってはの真似が上手い。 それこそちょっとした癖までそっくりそのまま真似るもんだから周りが気づかねえのも無理ねえな。 から聞いてた通りこいつら双子は随分仲が良かったみてえだから、もが困るようなことはしないのが救いだ。ただ、俺を困らせることはしてくるが。 「お前になってるときのことは知らねえんだよな」 「そーだって言ってんじゃん何度も言わせないで」 「じゃああいつにしてみりゃ突然景色が変わってるってことか?」 「んー…そーなんだけど、そこら辺上手いこと機能してんのよねえ」 「どういうこった」 「なんかあたしもよくわかんないんだけど、は疑問に思わないようにできてるっぽい」 「…なんだそりゃ」 「記憶が上手いこと繋がるみたいな?」 「疑問形かよ」 「想像だもん当たり前でしょ。でも多分入れ代わってるのに気づかないんだからそーゆー疑問自体浮かばないようになってんじゃない?」 そこんとこはじゃないからわかんないよ。 どうでも良いとばかりに吐き捨てるに溜息を吐くのももう慣れた。 「お前は気楽で良いよな」 「そっちは気楽じゃないって?苦労体質なんじゃないのまさちゃんは」 「呼ぶな」 「なによ、にいつも呼ばれてんじゃん」 「でもお前はじゃねえだろ」 「差別か」 「区別だ」 「うわ、ちょっと面白いわそれ」 「そりゃどーも」 意識してるのか無意識なのか、人を小馬鹿にしたようにくしゃりと顔を歪ませる。 この顔を見りゃ俺じゃなくてもこいつが別人だって気づくだろ。まあ、こんな顔すんのは共犯者の俺にだけだろうが。 「ちーっす」 「…よお」 「おはよう六助くん」 「お前ら相変わらず仲良いな。あ、ちゃん昨日はありがとな」 「昨日?」 「ちゃんに姉貴の誕プレ選ぶの付き合ってもらったんだよ。お前出掛けてたんだろ?」 「や、昨日は、」 「柾輝がいたら一緒に連れて来てくれっつったけどちゃん一人で来たし」 「……そーいや野暮用で出てたな」 「その後も映画観たりして面白かったぜ。ちゃんまた行こうな」 「うん、また今度遊んでね?」 信号が変われば急いでるらしい六助はそのまま急いで駆け抜けて行く。 残された俺は俺の横をひょこひょこと歩く姿にまた溜息。 「昨日は一日家に居たんだけどな」 「ふーんそうなんだ」 「お前が行ったのか」 「あたしのときに電話着たんだもん」 「なんで声掛けなかったんだよ」 「女の人用のプレゼント選びなんだからあんた必要ないじゃん」 「途中で戻ったらが困んだろ」 「戻んなかったから良いでしょ。それに戻ったとしても上手いこと順応するっつーの」 「そういう問題じゃねえよ」 「じゃあなに?」 一層不機嫌さを増した声にこの話をさっさと終わらせたいようだと気づくがそういうわけにもいかねえ。 うちのちびどもと同じで見た目がそっくりな双子でも中身は全然違う。これ言ったら多分また騒ぐな。めんどくせえ。 それでも敢えて言うのは、まあつまり大事なことだからってこった。 「あんまりの身体で好き勝手動くな」 「…はあ?なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?幼なじみだかなんだか知んないけどうっさいのよ!」 「怒鳴んな、周りに聞こえる」 「が変になったって思われちゃうもんねーえ?」 「そう思うなら大人しくしろ」 「心配しなくてもに手え出す馬鹿がいたらあたしが片っ端からぶっ飛ばすっての」 「だからそういうのを止めろって言ってんだよ」 「……なによ、あたしに自由はないの?」 俯いたに声をかけようとするも、それより先にゆるりと持ち上げられた顔が俺を見上げて首を傾げた。 「まさちゃん?」 「…、?」 「どしたの?眉間がぎゅって痛そうだよー?」 「や、なんでもねえ」 「そ?なにかあったらいつでも言ってね。わたしはまさちゃんの味方だから」 「そりゃ頼もしいな」 「おうとも!さんは強いのよーう、とりゃ!」 「にしちゃパンチはへなちょこだな」 「まさちゃんに本気パンチするわけないでしょう?手加減したの!」 「へーへー」 とが代わるのはいつも突然で本人にもよくわからないらしい。 俺は時々、それがどうしようもなく恐ろしくなる。はの真似が上手い。 今目の前で笑ってるのがほんとうになのか、ふとそんなことを思っては俺は俺に大丈夫だと語りかけるんだ。 |