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「親父さんどうだった?」
「元気だったよ。あ、でもちょっと太ってたなあショックー」


口を尖らせながら笑うなんて器用なやつ。 久しぶりに父親と会えたのがよっぽど嬉しかったのか。
都内だからその気になりゃいつでも会えるらしいがこいつは滅多に会おうとしない。
妹とは頻繁に会ってたのに。ま、俺が口挟むことじゃねえわな。

自分が休んでる間に学校でなにがあったのか、こっちはこんなことがあったんだと休みなく喋り続けるに 適当に応じながら視界の隅で捉えた青い点滅を無視して進もうとする首根っこを掴み寄せる。
驚いたような声と不満気に見上げてくる瞳に溜息。


「信号」
「まだ赤じゃないよ?」
「途中で変わんだろ」


気づかなかったわけじゃねえのか。いつもなら点滅したら次を待つのに珍しいな。
急いでるのかと首を捻るがそういうわけじゃなさそうだ。
横断歩道の前で大人しく立ち止まっているに、まあ良いかと口にはせずに一人頷く。


「ちーっす」
「よお」
「おはよう六助くん」
「なあ柾輝お前まさかカテキョーとか雇ってねえよな!?」
「…んだよ朝っぱらから」
「こないだのテストがもうなんつーか…あー!」
「うっせえ」
「このままだと受験やべえって担任が脅してくんだよ」
「それ脅しじゃなくて親切で言ってんだろ」
「お前まで兄貴と同じこと…!だーあ!サッカーしてえ!俺ちょっと朝練混ざりに行くわ!」
「とっくに引退したんだからあいつらに迷惑かけんなよ」
「うっせばーか!じゃあなちゃん!」
「また学校でね」


信号が赤から青に切り替わった瞬間駆け出していく背中には律義に手を振ってからひょこひょこと歩き出す。


「六助くん今日も元気だねえ」
「うっせえだけだろ。これ以上騒ぐと面倒だし今度暇なときに勉強教えてやってくんね?」
「わたしで良ければ喜んで!五助くんの高校行きたいんだっけ?」
「らしいな」
「まさちゃんはほんとに一緒じゃなくて良かったの?」
「近場のが寝てられんだろ」
「だめだよまさちゃん、早起きして朝練行かなきゃ」
「部活やること決定かよ」
「まさちゃんはサッカー部だもん。あ、わたしマネージャーやろうかなあ」
「武蔵森のか?」
「違うよーう。まさちゃんがいないとこでマネージャーやっても意味ないでしょう?」
「…でもお前武蔵森行くんだろ?」
「ううん、まさちゃんと同じとこ」


あれ、言ってなかったっけ?
俺の隣で首を傾げるに思わず足を止める。
だってお前高校は絶対武蔵森に行くんだって一年のときから勉強してたじゃねえか。
おばさんを一人にするのが心配だし学費のことがあるから中学は諦めたけど、二人で話し合って決めたんだろ?


「まさちゃん?早くしないと信号変わっちゃうよ?」


ああそうだな、ここは青が短いんだった。数歩先で振り返るに頷いて歩き出す。
俺が隣に並べばは満足そうに笑ってまた前を見て歩き始めた。


「なあ、あんなに行きたがってたのになんで変えたんだ?」
「やっぱりお母さんと離れるのは寂しいなって。まさちゃんとこなら家から近いし。…それに、」

「もうちゃんはいないから」


囁くように紡いだの横顔が一年前に真っ白い病室で見た表情と重なる。
こんなに遠くを見て笑うやつだっただろうか。うちのちびどもと同じで顔いっぱいで笑うやつだとばかり思ってたのに。

これじゃあまるで、


「お前、か?」

「、え?」


すべての動きが静止画に見えた。歩いてるのに止まってるみてえに。
だけどゆっくりと俺を見上げたと目が合った瞬間、弾けるように速度が戻る。


「なあにまさちゃん、もっかい言って?」
「…ああ、悪い、なんでもない」
「そ?」
「つか、近さで選ぶなよ。お前ならもっと良いとこ行けんだろが。翼んとことか」
「まさちゃんに言われたくないよう!」
「俺が落ちたらお前の所為だな」
「え、なんで!?」


聞こえてなくて良かった。
自分でも無意識に零してしまった言葉は届いていたらきっとを傷つけてたから。


「ばーか、冗談だ」


おろおろと口に手を添えるの頭をわしわしと撫ぜれば一瞬にして笑顔に変わる。
こいつの顔がくるくると変わんのはガキの頃から一緒だな。

再び点滅し始めた信号に急かされるようにの手を掴むことで、俺は心臓を引っ掻かれたわずかな違和感から目を逸らした。