人と話さなくなったのは自然な流れだったと思う。 元々人見知りをするタイプだったのでそれに拍車が掛かったのだろうと初めの内は判断され、 だけど今まで仲良く遊んでいた友達に対してもだんまりを決め込み、更には家の中でも極力喋らず過ごす俺に母は時折心配そうな視線を寄こしたが理由を聞いてくることはなかった。
IROKAKUSHI
色隠し 「なあ真田、今年こそサッカー部入んね?」 「無理」 「んなきっぱり言わなくても」 「だって無理なもんは無理だし」 「時々顔出して指導してくれるだけで良いからー」 「二年に教えられるとか三年が嫌がるだろ。てか俺もやだ」 「じゃあ先輩が引退してからで」 「くどい」 「ひどい」 椅子に後ろ向きに座って話し掛けてくるこいつとは一年の時も同じクラスで、 どうやら俺のことを知っていたらしく入学早々サッカー部に入ろうと誘ってきたやつだ。 クラブで手一杯だと断ったにも関わらずこうして事あるごとに声を掛けてくるので気が付けば学校で一番話す相手になっていた。 「くっそー。ツリ目のくせにリンゴジュースなんて可愛い物飲みやがって」 「殴るぞ」 「きゃー一馬くんがいじめるーう!」 「…」 「はいそこドン引きしたからって机ごと離れない!」 静かに机を後ろに引けばガシッと掴まれ元の位置よりやや前の方に引き戻される。 なんか結人に似てんだよな…。 ズゴー、とストローで最後の一滴まで吸い上げながら、姉と言い親友と言い、 俺は強引だけど憎めないやつに弱いのだろうと今更ながら気が付いた。 「今年の一年可愛い子いると思う?」 「さあ」 「かわいーマネージャー入って来ねえかなーあ」 「へー」 俺が話を流してもこいつは気にせず話し続けるのを知ってるので、飲み終わったパックを畳みながら適当に相槌を打つ。 所詮男なんて単純な生き物で、女子の声援一つで士気は上がるし、それが見た目の良いやつだったら尚のこと。 「そーだ、真田勧誘の時一緒に来てよ」 「何でだよ」 「お前顔良いんだしこの人いるならサッカー部のマネージャーやろっかなって女子増えるかもじゃん?」 「俺帰宅部なんだけど」 「まあまあ」 「おい」 「黙って一緒にいるだけで良いからさー。てかその顔を今活かさずいつ活かすイケメン滅びろ」 「意味わかんね」 「謙遜か!?それ謙遜なのか僻むぞ!!」 「違えし。つかお前のがモテんじゃん。去年のバレンタインだって大盛況だっただろ」 「俺と真田じゃ本気度が違う」 至極真面目な顔で告げられ、結局その後もしつこく頼んでくるこいつに流されてしまったのは仕方がないのだと思いたい。 ―だってまさか、あんなことになるなんて思わなかったんだ。 「サッカー経験者ー、やったことなくても興味あるやつは是非一度サッカー部見に来てねー。マネージャー希望の女子も大歓迎ー!」 昼飯を手早く済ませ一年の階に来ると、既に廊下は部活の勧誘をする生徒で溢れていた。 俺も去年経験したけど、少し歩いただけで上級生に捕まるからトイレに行くのも一苦労だ。…早く教室戻りたい。 人の多さにげんなりする俺の横腹を小突くこいつは何でこんなに元気なんだろう。 「ほら真田もっと愛想良くにこにこしろよ」 「無茶言うな」 「何の為に連れて来たと、……人選ミスか」 「…てめえ、」 あからさまに溜息を吐かれ文句の一つでも言ってやろうかと口を開くも、俺が言葉を続けるより先に再び隣から余所行きの声が響く。 「ねえねえキミたちサッカー部のマネージャーやらない?」 「え?…や、あの、ルールとかわからないので…」 「大丈夫だよー初心者大歓迎だし。一度見学だけでもど?」 「…どうする?」 「うーん」 人好きのする笑顔に惹かれたのか数人で固まっていた一年女子が相談を始めるのを見てもう一押しだと踏んだのだろう、一歩後ろでぼんやりとしていた俺の腕を取り、 「こいつ真田一馬って言うんだけど、俺ら世代のサッカー界じゃ結構有名人なんだぜ?」 「…だから俺はサッカー部じゃ、」 「真田一馬?」 巻き込むなと掴まれた腕を振り払おうとすれば、今まで黙っていた一人の女子がぽつりと俺の名を呟く。 小さいながらもやけに響く声にそっちを見ると、待ち構えていたのは下から見上げてくる鋭い視線。 ―刹那、さっと振り上げられた右手が勢い良く俺の左頬を払うまでをスローモーションのように感じながらも避けることは疎か、指先一つ動かすことも出来ずに、 ぱちん 乾いた音が響き、遅れて広がるじんじんとした痛みに、ああ今俺は平手打ちをされたのかと他人事のように冷静な部分で理解する。 「真田!?おまっ、大丈夫か…?!」 「ちょっ!何やってんの!?」 慌てるのは周りで、と呼ばれた女子の友達が「先輩に何やってんの!?」とおろおろと視線を泳がせ、 泣きそうな声で「ごめんなさい…!」と口を揃える中に俺にビンタをかました当人は含まれず、 その所為で更に泣きそうになって何度も頭を下げる女子達に此方も慌てて大丈夫だから顔を上げるよう口にする。 何が嬉しくて初対面の女子に泣きそうな顔で謝られなきゃなんねえんだよ。 もういっそこっちが泣きたい。 突き刺さる視線の数にげんなりとしていれば隣からこそっと耳打ち。「知り合い?」 「…や、多分初対面」 「ふうん…」 す、と細められた眼に嫌な予感がして、「そんな痛くなかったし、もうほんと気にしなくて良いから」。 慌ててこの場を収めようとしたがどうやら俺の努力は無駄に終わるようだ。 「いやいやほっぺ赤いしどー見ても痛いだろ。…で、謝る必要のないお友達がこんなに謝ってんのに、キツイの一発かましたキミは理由も言わずだんまり?」 にっこりと人懐こい笑みを浮かべてはいるが、言ってることは結構キツイ。 こいつがキレると面倒だからさっさと退散したかったのに…! 「殴り飛ばしたい顔だったとかハエと間違えたとか、何でも良いから言ってみない?」 「さり気に貶してんじゃねえよ。てかまじでもう良いから」 「良くねえだろ真田完璧被害者じゃん。それとも何か?お前は痴漢に遭って泣き寝入りする女子か?」 「違えよ馬鹿!」 やだもうこいつメンドクサイ。間違った方向に熱く語り出す姿に溜息を落とすと、 俺の名前を口にして以来ずっと黙り込んでいた女子が相変わらず鋭い眼差しで俺を見上げ、一言。「謝らない」 「あんたなんかに絶対謝んない」 「…」 「……もういい、行こ」 「え、ちょっ…!?」 「待ってねえ、――先輩達ほんとにごめんなさいっ!!」 すたすたと一人立ち去る女子に慌てて周りの女子達が声を掛けるも彼女が耳を傾ける様子はなく、 気まずそうに視線を彷徨わせた後、何度も此方に頭を下げて先を行く姿を追い走って行った。 無論、残された俺達はただ立ち尽くすのみ。 「なあ、ほんとに初対面?」 「…だと思うんだけど、」 「そっか。嫌な目に遭わせて悪かったな。取り敢えずそれ保健室で冷やそーぜ」 「おう」 人に嫌われるのは慣れているが、あんなにも敵意を剥き出しにした視線を受けたのは随分と久しぶりだった。 左頬の痛みとともに頭に焼き付いた強烈な印象は当分消えることはないだろう。 |