「ねぇ、そういえばって柾輝が好きなんじゃなかったの?」


窓側の二階席、向かい合わせに座ってストローをくわえる。 いつかのように怪我なんてさせないし、そんな心配も杞憂で終わることを知ってるからここにいるんだけどね。
母親の情熱が生まれたばかりの弟に注がれるようになってからの自由は増えた。 家族との関係は至って良好だと笑うの言葉を鵜呑みになんかしないけど、訊いたところで本当のことなんて言わないのはわかってるから訊かない。

なんの前触れもなく放った俺の言葉にやっぱりは笑った。 ちょっとは驚けばいいのに。つまらないとあからさまに眉を顰めてみても、その表情は変わらない。それどころか、なんの躊躇いもなく平然と口を開く。


「好きですよ」
「ふうん。だったら僕とばっかり一緒にいたら誤解されんぜ」


野暮なことが嫌いな上に妙に物事を悟ってるような顔をしたあの後輩のことだ、想像に容易い。 半ば強引に誘ってる俺の台詞じゃないかもしれないけど。…あぁ、でも一応拒否権は与えてるつもりだよ。


「黒川くんは誤解なんてしないと思いますよ」
「なにそれどういう意味?」
「そのままの意味です」


俺が言うのもなんだけど、はわかり難い。 言葉の裏を読めばいいのかそれとも更に裏を読むべきか。顔色を読むっていってもそこにあるのは完璧な笑顔
その表情を崩したいと何度も思った。のリズムを崩してやりたい。
目の前で揺れる黒に手を伸ばす。レンズ越しではない漆黒は色を変えずに少しだけ細められた。

が倒れたとき、一度しか見舞いに行かなかった。 気まずかったからとかそんなんじゃなくてただ、行く必要がなかったから。
俺が見舞いに行った三日後にはクダラナイ教師の世辞や愚痴に控えめな笑みを携えて最後まで付き合っていたし、両手で荷物を抱えて職員室や生徒会室、それ以外の教室なんかを歩き回っていた。 廊下で目が合ったときも、小さく頭を下げて俺の横を平然と通り過ぎて行った。 何もかもがいつも通り。なかったことにされてるのか、それとも特に気にしてないのか。
そういやあの日も最後の最後まで笑ってたっけ。

指に絡めた黒はやわらかく、くるりくるりと回すと指の間を逃げるように滑る。

ただやわらかいだけの俺の髪とは違うこの手触りは実はお気に入りだったりする。
ちらりと視線を上げれば、Sサイズのシェイクを片手には穏やかに笑っていた。 俺の気まぐれで誘ったあの日は俺と全く同じメニューを頼んで食べきれずにいただが、今ではハンバーガーとそれぞれSサイズのポテトとチョコシェイクが定番メニューだ。 ちなみにオマケでもらえるおもちゃは弟にあげているらしい。
俺の視線に気づいたは少しだけ首を傾げた。


「…飲みますか?」
「いらないよそんな甘いの」
「美味しいのに…あ、そういえば甘い物嫌いなんでしたっけ?」
「物によるけどね」
「どんな物なら平気なんですか?」
「ジェラート」
「シェイクの甘さはだめなのにジェラートは平気なんですね」
「ここのシェイクは甘すぎるんだよ」


文句を言いつつも弄っていた髪から手を放して今度はその手での手を掴み、無抵抗の手ごと引き寄せてストローをくわえる。
口の中に広がった独特の甘さに眉を顰めると、控えめな笑い声が響く。


「…あま」
「椎名先輩は舌が肥えてそうですね」
「別に普通じゃない」
「そうですか?わたしも先輩の好きな甘さの物を食べてみたいです」
「…連れてってやってもいいけど?」
「楽しみにしてますね」


遠回しでもこんな風にの方から誘われるのは珍しい…というか、もしかしたら初めてかもしれない。 気を抜くと緩みそうになる口許を誤魔化すようにアイスティーを飲む。 俺とは違い遠慮なく微笑んだは、俺と同じようにストローをくわえた。


って恥じらいがないよな」
「そんなことないですよ。人並みに恥ずかしいと思ったりはしますし」


鈍いわけではないと思う。これくらいのこと、別に俺も気になんてしないけどさ。
だけどそれとは別でつまらないとは思う。俺が素直に話せばいいのかもしれないけど、それはそれでつまらないし。 狐と狸の化かし合いとは違うし、俺が一方的に探ってるだけだから腹の探り合いにもなってないのが現状だ。

浮かべられる完璧な笑顔を崩せるようにならないとだめなんだと思う。

一瞬とかそんなんじゃなくて、俺の前ではいつでも自然でいられるように。
笑顔の中になんの違和感もなく嘘を織り交ぜるのがにとっての 普通 だから――。


「…そういえば椎名先輩、高校の推薦蹴ったんですか?」
「誰から聞いたの」
「黒川くんですけど…元はと言えばわたしが訊いたから教えてくれたんです」
「ふうん」
「職員室で噂になってて、黒川くんなら知ってるかなって思ったんで…」
「わざわざ柾輝に訊かなくても僕に訊けば良かっただろ」
「すみません」
「別にいいけどさ。あそこは勉強に重点を置くとこだから僕とは合わないと思って断っただけ」
「…行きたいところは決めてるんですか?」
「まあね。…なに、気になるの?」
「少し」
「僕の志望校なんかより柾輝の志望校でも訊いとけば」
「黒川くんの志望校は別に気にならないので」
「でも好きなんだろ」
「それとこれとは別ですよ。……それに、」


どっちにしろあの後輩との成績じゃ差があり過ぎるだろうけどね。
中途半端に言葉を止めたは、先を促す俺の視線に微笑んでくるりとストローを回す。


「好きにも色んな意味があるんですよ、椎名先輩」


ほら、また騙された。ふわりと微笑むに目眩がした。



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