目の前に迫った大型トラックを見て「あぁ、死ぬな」頭を埋め尽くしたのはそんな言葉だった。



after world



死ぬ間際に見る走馬灯というものは、その状況を打破する為に脳が過去の記憶を漁ることが原因らしい。
そんなことが分かったといっても、生憎あたしは人並み外れた瞬発力なんて持ち合わせていないし、 驚異的なジャンプ力や超能力のような反則技なんて尚のこと。 つまり、目の前のトラックを避けることなんて出来るわけもなく、あたしはあっさりと人生を終えた。

「27390、!」

平平凡凡、良くも悪くも一般人であったあたしは、霊感なんてものも持ち合わせていなかった。 見える人がいるんだから幽霊の存在を否定するつもりはないけど肯定的でもなく、見えないんだからどうでもいいというのが本音である。
だから今、目の前で繰り広げられている光景に溜息を堪えるので精一杯
良くも悪くも人並みな顔がこの上ないほど不細工になっているだろうことなんて気にしてられない。

14歳、事故に巻き込まれ死亡。生前これと言って目立った悪事を働くこともなく、至って平凡な人生を送ってきた」

「ふうん、在り来たりだね」―と、それなりの厚さの資料に目を通しながら少年は言う。
見た目はあたしと同じくらいな少年は、びっくりするほど可愛らしい顔をしている。
最初は女の子かと思ったけれど、あたしより前に並んでいた人が少年を口説こうとして酷い目に遭っていたのは記憶に新しい。

「残念だけどアンタにはこれから働いてもらうから」

今まで傍観に徹していたあたしだけれど、この一言には思わず声が漏れる。
働くって何ですか?ていうかあたし死んだんですけど。
眉間の皺を濃くしたあたしに少年は面倒だと言わんばかりに溜息を吐いた。

「一度しか言わないからよく聞けよ。輪廻転生って知ってるか? 人は死んだら終わりじゃない。魂なんてものは限りがあるから、同じものが何度もぐるぐる廻ってるんだ。 普通のヤツラはすぐに次の人生を歩むことになるんだけど、生前悪事を働いたヤツラはそうもいかなくてね。 アンタが平凡な人生を送ってきたことは知ってる。でも定められた寿命でもないのに子が親より先に死ぬのは重罪。―つまり、アンタは悪事を働いたと判断されるわけ。 だからこれからアンタには罪を償うために働いてもらう。内容はまあ追々説明するけど、期間としては100年くらいかな」

「ちょっと待ってください。別に好きで親より先に死んだわけじゃないんですけど」
「そんなの分かってるよ。アンタの場合自殺でもないし防ぐこともできなかったんだからね」
「寿命じゃないってことは予想外のアクシデントでしょう?不可抗力で死んだのに犯罪者とかと一括りにされるのは納得いきません」
「仕方ないだろ、そういう決まりなんだから」
「特例とかないんですか?100年なんて長すぎます」
「そんなの言い出したらキリがないだろ」
「でも納得いきません」

尚も食い下がるあたしに少年は一際大きな息を吐きだした。
片手に持った資料に再び目を落として考えるように額を押さえる姿はまるで一枚の絵画のよう

「……方法がないわけでも、ない」

ここにきて初めてになる歯切れの悪い台詞に首を傾げると、少年はガシガシと髪を掻き乱した。
でもそれだとボクがメンドクサイだとか色々聞こえるけどこの際そんな言葉はスルー

「方法って何ですか?」

訊ねるあたしに少年はまた溜息を一つ。

「はっきりとした期間はわからないけど、普通にやれば100年もかからない」
「何をすれば良いんですか?」
「…地上に降りるんだよ。勿論生き返ったりするわけじゃないから幽体としてになるけど」
「つまりあたしに幽霊になれと?」
「そういうこと。けどただ幽霊になるわけじゃない。 死んでから真っ直ぐこっちに来ないで現世でふらふらしてるヤツラを探し出して連れてくるんだ」
「……何人連れてくれば良いんですか?」
「アンタの年齢と同じ数だけ」
「14人、」
「そう。現世で彷徨ってるヤツラなんて山ほどいるから頑張り次第で1年もかからないんじゃない?」
「……」
「折角教えてやったのにその顔なんなの?ていうかメンドクサイのはこっちなんだけど」

可愛らしい顔を歪めた少年は、手にした資料を投げ捨てて椅子から立ち上がる
あたしより頭の位置がやや低い少年に視線を合わせるとそれが不服だったのか少しだけ睨まれた。
見下されるのが嫌ならあたしより高い位置に立てば良いものを…なんて面倒な性格なんだ。

「アンタを一人で行かせて帰ってこなくなったら元も子もないからね。監視役としてボクも一緒に行かないといけないんだよ」
「……」
「何その嫌そうな顔。嫌ならここで大人しく100年働けよ。その方がボクも楽だし」
「ええと……お兄さん、お名前は?」
「翼。――精々ボクを退屈させるなよ」


そんなこんなで晴れてあたしは幽霊になりました。
後で聞いた話だけど、翼やあたしみたいな仕事をする人を天使とか言うらしいです。