物事には始まりがあるというけれど、私たちの始まりはいつだろう


「んだよ、まーたお前と一緒か」


今日から過ごすことになる初めて訪れた教室

運良く同じクラスに瀬田第三中の子がいたので彼女と空いている席に落ち着いて他愛もない話に花を咲かせている私の上に不満の色を隠すことのない声が降り注いだ。
顔を見なくともこんな失礼なことを言うやつはただ一人。意識的に眉間に皺を寄せてこちらも負けじと嫌そうな声を出す。


「また一年若菜の顔見て過ごすとか…ないわ」
「うわひっで!超嫌そうなんですけどー」
「嫌そうに声掛けてきたヤツが言わないでよね」
「まあそう言うなって。俺との仲じゃん?」
「どんな仲よ」
「腐った縁で繋がった仲」
「嬉しくなーい」


うんざりと顔を歪めて見せるけど、その形を保つのには数秒が限界だった。
唇から滑り落ちた吐息は空気を揺らし、楽しげな音となって響く


「また一年よろしくな」
「うん、よろしく」


意識せずともくしゃりと歪む顔面の筋肉は当たり前のように笑顔に変わる
若菜と同じクラスになったのはこれで五回目。
つまり、晴れて高校生活をスタートした今を含めると小学校から始まった私の学生生活の半分に若菜がいるのだ。
おはようの代わりに嫌味を一つプレゼントするくらい私たちにとっては慣れたもの
寧ろ普通に挨拶をされる方が気味が悪い。少なくとも私はそう思ってる。

若菜が一緒なら楽しいクラスになりそうだなあ

前の扉から入ってきたスーツ姿の強面な先生が廊下に並ぶようにと指示を出すのを聞きながら私はぼんやりとこれから 始まる新しい生活に頬を緩めた。



#1-2















さっき渡されたばかりの新品つやつやの教科書をめくっていく。少し折り曲げるだけで表紙にしわが寄った。ページをめくればめくる程目に飛び込んでくる数式の羅列は最早一種の暗号に近かった。つーか答えが既にある問題をわざわざ俺が解く必要性がどこにあるんだか。理解できん。まあしたくもないが。
俺サッカー選手なるし。学歴別にいらねーし。数学なんてもっといらねーし。


「…やべえ」
「大丈夫、若菜が留年しても私見捨てたりしないから…多分」
「や、赤点とる前にどうにか救ってやってください」
「えーそっち?赤点避けるとか無理でしょ」

ガタガタと椅子を引きずって席を立ちあがれば、はなにがうれしいのか歯を見せて笑った。人の不幸は蜜の味ってか?あーやんなるぜ。
鞄の中に見るに堪えない教科書を詰め込んでようやく教室を出る。首を左右に曲げると気持ちのいいくらいに骨が鳴った。午前授業のくせにこんなに身体がだるく感じるのは謎の暗号書の配布も理由の一つだが、始業式が主な原因だろう。
どうも苦手だ、あのおもっ苦しい空気。誰も聞いちゃいないであろう先生たちの長話に加えて、校歌なんてまだ知るわけもねえのに歌わせようとする意味不明さ。もう全てが意味不明だ。


「なんかお腹すきすぎてやばい」
「お菓子とかねえの?いっつも持ってんじゃん」
「今日寝坊したから忘れちゃったんだよね」
「お前寝坊したの?!始業式くらいしっかり起きろよなあ!」
「ちょっと!遅刻常習犯の若菜に言われたくないんだけど」
ケタケタと声に出して笑えば、背中を軽く叩かれる。清々しいくらいの乾いた音に一瞬眉間にしわをよせてみせる。暴力女め。こんなんだから彼氏できないんだな。

家がご近所ってこともあって、とは一緒に帰ることが昔っから多かった。
隣を歩くの歩幅は大きいって訳じゃなかった所為もあって、時間がない時は苛々してよく置いて帰ったりもした。中学生辺りから彼女は俺の速度にあわせて歩くようになったし、暇な時は俺も過去の反省を活かしてにあわせて歩くようになった。


「今日暇でしょ?コンビニ寄って行こうよ肉まん食べたい」
「奢りなら行ってやってもいいぜ」
「何さまだし、じゃあ私一人で行く」


まわれ右をして、丁度信号が青になったばかりの横断歩道を渡り始めた彼女をぼんやり眺める。肉まんって気分じゃないんだよなあ。どっちかっつーと、ラーメンの気分だ。


「なあ、ラーメンいかねえ?」
「はああ?」


向こう側にいる彼女に、指で数メートル先に見える赤い看板を指しながら声を投げた。肩を落とした彼女の間抜けな声色に、歩道を渡るか一瞬迷うも嫌だって言わなかったしおそらく大丈夫だろう。今日はラーメンだ。長年の付き合いだけあってその辺は俺、にちょっと詳しい。

点滅した信号に向かって走った。




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