遊んでてうっかり窓硝子を割ったとか、成績が酷過ぎて受験が危ういとか、 学校の問題で親に連絡を入れられたことなら何度かある。 でもどれも大事にはならなかった。
だって俺日頃の行い―好感度的な意味で―スゲェ良いし、勉強出来なくてもサッカー出来るし。

だから、俺は若菜家のお騒がせポジションではあっても、問題児ではないわけで。


「―は?」

「どーした?」
「や、なんか…水野からメール」
「水野?珍しいね。何したの」
「おい、俺がやらかした前提か」
「だって水野だろ」
「苦情以外で結人にメールすることなんてないでしょ」


あれ?こいつら俺の親友じゃなかったっけ?
あまりの言い種に口を尖らせてみても、二人揃って早く読めと言いたげな目を向けて来るだけで ちっとも悪いと思っていないらしい。チクショウ。
てか俺あいつに何かしたっけ? これでまじな苦情だったらメンドクセーなと記憶を漁りつつメールボックスを開けた俺は、「―、は?」。 さっきと全く同じ音を、さっきとは全く違う温度で吐き出すことになった。







「でさ、そん時のあいつの顔が」
「六回目」


呆れたような声が俺の話を遮ったのは、ちらりと一馬の奥にある時計に目を向けた時。


「、へ?」


一瞬何のことかわからずぱちりと瞬く。
一馬の隣で静かにコーヒーカップを置いた英士は、ゆっくりと視線を持ち上げると呆れを滲ませた双眸を僅かに細め口を開いた。


「結人が時計を見た回数。今ので六回目」
「水野のメール読んでからだよな」


英士の言葉を引き継ぐように一馬がさらりと告げるもんだから、これはもうお手上げだと思いつつもストローを回し 首を傾げてみたり。「そーだっけ?」。


「てか何数えてんだよウケる」


お前ら俺のこと見過ぎだろどんだけ好きなんだ。
口にしようとした言葉は、だけど俺が口を開くのとほぼ同時に響いた静かな声に邪魔された。わざとか。


「何があったのかは知らないし然程興味もないけど、そんなに時間が気になるなら今日はもう帰りなよ」
「……興味ないとか、お前ほんと失礼だよな」
「話しながら時間ばっか気にする結人も十分失礼だろ」
「うっせーかじゅまの癖に。…でも、ん。……サンキュ。帰るわ」
「…素直過ぎて気持ちが悪い」
「だーかーら!英士は失礼過ぎんだっつの!」
「もう良いからさっさと行けって。何かあったら呼べよ」
「いやん一馬くんたら男前!好きっ!」
「気持ち悪い」
「お前もか!」


ガタッと大きく音を立てて席を立てば、必然的に俺を見上げることになった二人が揃って口角を上げたりしやがるから、 悔しいけど、ほんっとーに悔しいけど、


「あーもう、好きだバカ!」
「煩いよバカ」
「今更だろバカ」


お前らが親友で良かった。 今更過ぎて恥ずかしいから絶対言わねえけどな!



*
*
*



「………居ねえし」


ガキの頃から父さんも母さんも仕事で帰りが遅くなることが多かったから、“お帰りなさい”の代わりが玄関の電気だった。 二人が何時に帰って来ても良いように暗くなったら玄関の電気を点けっぱなしにしとくのが若菜家のルール。節電?知るか。

暗闇の中開けたばかりの鍵を閉め、手探りで壁のスイッチを押す。慣れてるから問題ない。
パッと灯った電球の眩しさに目を細めるのも、後から揃えるのが面倒だからと予め後ろ向きで靴を脱ぐのも、昔からの癖。


「……」


玄関の電気が消えていた。それだけで、今この家に俺以外の人間が居ないのはわかりきってる。 ―それなのに俺は、自分の部屋に荷物を置くこともしないで、隣の部屋の前で立ち止まってる。


「……」


ノックもせずに開いた先は当たり前だけど真っ暗で、人の気配なんてありゃしない。
夏は過ぎたけど昼間はまだ暑い所為か、籠った熱を逃がすべく、カララ、窓を開けた。


「……うわ、月デカ」


部屋の構造は一緒だけど、俺の部屋からよりこっちの部屋からの方が空が良く見えると知ったのはいつだろう。
天体観測の趣味なんてねえから別に羨ましくも何ともなかったけど。

何となく、ただ、なんとなく。自分の部屋に行くのが面倒になって、ごろんと仰向けにベッドに横になる。

定期的にこの部屋を掃除している母さんは、勿論定期的に枕カバーやシーツだって洗濯してるし、 天気の良い日には毛布も布団も干している。俺のと一緒に。

この部屋は人の気配がしない。匂いもしない。

時間が止まっているように思うのは、俺の部屋にある時計と違ってこの部屋の時計は秒針の音がしないからだ。 …確か、昔は色違いのを使ってたんだっけ?かちこちかちこち、夜中に音が気になると一気に寝れなくなるあれ。


「……、…なんでお前ばっか良いの使ってんだよ」


むくっと腹筋で起き上がって、ぐちゃぐちゃになった髪を手で整える。
何だか異様にむしゃくしゃする。何の為に俺が態々早く帰って来てやったと思ってんだ。…や、別に何の為でもないけど。


「…くそっ、」


チクショウ水野め、変なメール送ってきやがってざけんな。
てかさらっとお前の妹とか言ってんじゃねえよ。
藤代だって気付いてねえのに何でお前が気付いてんだよ目敏いんだよバカ。――つか、


お前の妹、謹慎処分になった。
どこまで正確な情報かわからないけど、昼休みに三年の女子殴って窓割ったのが原因らしい。
被害者ってなってる三年の中に寮生がいるから、寮で揉めないようにお前の妹は学校から連絡行くまで自宅謹慎ってことになってるけど、

お前の妹、前に凄い怪我してたからちょっと気になって。もう連絡行ってるかもしれないけど、一応メールしとく。


「寮追い出されたバカは何でまだ帰って来てねえんだよっ!」


鞄の中から必要最低限の荷物だけを引っ張り出して開けたままのドアを飛び出す。
階段を駆け下りて靴を履いて、―電気はこのままでいっか。玄関の鍵はしっかり閉めて、ガシャン! 力任せに開閉した門は喧しく騒いだけど、打ち鳴らした舌の音が思いの外大きくて、俺の足を止めるには至らなかった。




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