想像して欲しい。偶数で机を囲む場合 余程の事がなければ二人ずつ向かい合う形で座るだろう。
椅子が固定されていない或いは椅子その物がない場合、他にも状況によって囲み方は多少変わるが 少なくともファミレスで四人組用にセッティングされた席に通された場合たとえ椅子が固定されていなくても勝手に移動させるわけにはいくまい。


「一馬、こっち」


早々と椅子を引きその隣にツリ目の男を指名した彼は涼しげな顔で腰を落ち着け、 未だ立っている私に視線だけで自分の前の席を勧めた。
口を開いたところで仕方がないし、このメンバーであれば誰が隣であっても似たようなものかと黙って指定された椅子に座る私を見て僅か口許を緩めた彼は、一人残された茶髪を見上げ揚々と口を開く。


「何ぼさっとしてるの。結人も早く座りなよ」
「……」


私から見て斜め前の彼が我関せずと置いてあったメニューを広げ一向に顔を上げないので異議を唱えたところで無駄だと悟ったのか、それでも最後の抵抗にと乱暴に椅子を引く音の後に私の隣も埋まった。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


四人分の水が入ったコップを並べに来たのは席に案内したのとは別の店員で、 マニュアル通りの台詞と笑顔を広げた彼女が立ち去ればこの場に沈黙が広がるのも仕方がないだろう。
私は彼らと話すことなど何もないし元来重かろうが軽かろうが沈黙を苦に感じる性格はしていないので異様な空気など目もくれず目の前に置かれたコップに手を伸ばす。


「こう見ると似てるね」


淀んだ空気を一掃したのは私の正面に座る彼のどこか愉しそうな声だ。
何を、とは聞くまでもない。視線だけで見上げた彼の漆黒は私とその隣に向いている。


「昔から似てねえって言われっけど」
「表情が全然違うからじゃない。一つ一つのパーツはよく似てるよ。結人が不機嫌そうにしてる今は尚更」


つまり私は常に不機嫌そうだと言いたいのか。
冷たい水とともに浮かんだ言葉を腹の中へ流し込む私とは対照的に隣からは不満そうな声が響く。


「英士まじムカツクー。一馬メニュー取って」
「距離変わんねえだろ自分で取れよ」
「やだ一ミリも動きたくない」
「うぜえ」
「一馬もう決まったの?」
「おう」
「じゃあメニュー貸して。ありがと。―はい、先にどうぞ」


膜一枚隔てた向こう側で交わされる慣れたようなやり取りを何とはなしに拾っていた耳が新たに拾った音を言葉として変換し視界の上部に映り込んで来た物に焦点を合わせるより速く、 真横から伸びて来た手が私へと差し出されていたメニューを奪い取る。

一ミリどころの動きじゃない。前言撤回するのが早過ぎやしないか。


「結人は真横にあるでしょ」
「一馬ー英士にメニュー」
「いやお前まじ何なの?」


彼らの言い分は尤もだ。何故ならメニューは私の位置とは反対側の机の隅に最初から纏めて置かれていたのだから。


「こいつに渡すと長えんだもん。先決めとけって」
「結人だって長いし決まるまで離さないだろ」
「俺は食いたい物があり過ぎて決まんないんですー。こいつは食いたい物が特にないから決まんねえの。 メニューとか渡すだけ無駄。てか勝手に決めればそれ食うし」
「…そうなの?」


顔を上げて頷いて見せれば向かいの二人は顔を見合わせて同時に息を吐いた。
外食時に私のメニューを決めるのが兄であるのは私達双子間に定められた暗黙のルールの一つなので 今更何を思うこともない。そもそもこれと言って何が食べたいわけでもないので自分で決めろと言われても困る。


「一馬、そっちのメニュー頂戴」


呆れを滲ませた声に私は再び水を流し込んだ。







「何やってんの」
「…何も」


たかがドリンク取り行くのに何分掛かってんだよ。

俺が食いたいから選んだピザの三分の一も食わずに箸―実際使ってたのは手―を置いてドリンクバーのお代りにと席を立つ姿についでに俺の分もとコップを渡してから軽く十分は経った筈。
俺達の席から離れてるとは言っても数分で往復できる距離なのに一向に戻って来ないから、「ちょっと見てきなよ」。と英士が声を掛けてきたのがついさっき。 何で俺がと不満を言ったら「お兄ちゃんでしょ」と斬り捨てられた。お前さっきからずっと愉しんでんだろ! キッと睨めば何食わぬ顔でコップを傾けていた一馬までもが「リンゴジュースよろしく」と空になったコップを渡してきやがった。特性ミックスジュース作ってやるから待ってろよ。

頭の中で二人への不満を並び立てながらドリンクバーが設置された場所まで歩き、
目に入った見慣れたふわふわの茶髪とそれを囲うように立つ二人の男に頭の中が一気に冷えた。

ほんとお前何やってんの?

背中に向かって投げた声に首だけで振り返った妹はいつも通り淡々と冷めた声を返しただけでそれ以上の説明はない。


「だったら早くしろよ。お前の所為で俺までパシられただろ」
「上手く流せなかったのは自分でしょう」
「あっれー?もしかして彼氏?」
「…」
「…」


空気の読めない男の言葉に思わず真顔で固まったのは俺だけじゃない。 眉根を寄せたあいつが「違います」と否定すれば別の男が言葉を繋ぐ。


「じゃあ良いじゃん。折角だし俺らとあっちで食おうって、ね?」
「お断りします。何度も言ってますよねいい加減にしてください」
「そんなこと言わないでさー。好きなの奢ってあげるから」


一人の男が強引に連れ去るべく肩に腕を回した刹那、すっと目を細めた表情から嫌悪感さえ消え、 うっすらと開かれる唇から言葉が放たれる前に手首を掴む。…冷てえ。
はっとしたように揺れた肩からやんわりと男の腕を払った。


「こいつすぐ空気壊すし大食いだから止めといた方が良いぜー?奢るなんて言ったらメニュー全制覇するって」


財布余裕あんの?カラカラと笑いながら首を傾げれば男達は揃って口許を引き攣らせ この中で誰よりも低い位置にある顔をちらりと窺う。黙ったままの姿に何を思ったのか適当な言葉を残し慌てて去って行った。

残された俺達に言葉はなく、掴んだ手首を解放すれば俺もあいつも当初の目的通りドリンクを入れ、 目を合わせることもなく二人が待つ席へと戻った。


「あ、やっと戻って来た。お帰り」
「結人サンキュ。…お、普通にリンゴだ。もしかして止めてくれた?」
「私は何も」
「そーかそーか、そんなに結人クン特性ミックスジュースが飲みたかったか任せろ」
「ばっ!止めろって!」
「バカなこと言ってないでちゃんと座りなよ。で、結人は当たり前のように人のピザ食べてるけど、良いの?」
「は?何お前まだ食うの?」
「無理」
「だろ」
「え、まだ全然食ってねえじゃん」
「体調悪かった?」
「違う違う。こいつ昔から夏は殆ど食わないだけ。夏バテに近いけど放っといても問題なし」


心配そうな二人に見向きもせずストローを回す。
ほんっと愛想ねえなお前。口の中で舌を打ち鳴らし、俺が頼んだステーキセットに付いてきたスープをずいっと横に動かす。


「飲め」
「要らない」
「お前の残り食ってやってんだろ」
「……別に、」
「文句言ったら飯代全部払わせる」


至極不満気な顔でスープに口を付けた姿に、何が楽しいのか向かいの二人が顔を見合わせて笑った。




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