味のないガムを噛んでいるみたいだ。


あの日、一人の女子生徒に現場を見られたことによって私と藤代誠二が“コイビトドウシ”と言う噂は恐るべきスピードで校内を駆け巡った。
一人一人否定をして回るのは実に面倒であるより先に、問われる度に笑顔で肯定する男がいるので私に残された選択は諦めるの一択。そもそも彼の言葉に頷いてしまっているので今更私がどうこうしても無駄なのだ。

彼の真意は解らない―と言うと少し語弊がある。
彼にとって私は体の良い殺虫剤で、所謂暇潰しなのは理解しているのだ。
今のところ当初突き付けた条件通り彼は私への嫌がらせの類を事前に防いでくれているようなので大きな問題もない。


ー今日ヒマ?」
「特に予定はない」
「じゃあゲーセン行こーぜ」
「…一応聞くけれど部活は?」
「ミーティングだけで終わっから待っててよ」


似たような会話を先週もしたと思うのは気のせいではない。
確かその日はいつまで待っても彼は現れず、仕方なしに連絡したところ「ごめん忘れてた。今三上先輩たちとカラオケでさー」。と、悪びれた様子のない至ってシンプルなメールが返って来たのを憶えている。


「笠井くん、ミーティング終了予定時刻は決まっているの?」
「え?…ああ、今日は一時間くらいで終わる筈だよ」
「ありがとう。―じゃあ一時間十分過ぎても来なければ私は帰る」
「えー何それ!てか何でタクに聞くわけ?」
「あなたじゃ当てにならない」


ひっでー!と、相も変わらず笑い声。
私は何一つ間違ったことは口にしていないしいつかのように無駄な時間を過ごすのはご免だ。
きっと今日も部活の人達に声を掛けられれば私に結び付けた約束など容易く解け、彼の頭の中から私という存在は消えるのだろう。
…まあ今回はこの場に居合わせた彼の保護者が口を挟んでくれそうではあるが私としては彼と一緒の時間が過ごしたいわけではないので彼が誰と何処へ行こうが一向に構わないのだ。


味のなくなったガムに興味はなく、紙に包んで吐き出してしまうのが私。
妙に騒がしい周囲などどうでも良い。状況に応じて吐き出す中身のない言葉は気泡でしかない。
何故なら私の生活に彼らは必要ではないのだから――。



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「三人で同じ高校に行こう」。俺達は誰一人そんなこと言わなかった。
あいつらと一緒ならゼッテー楽しいってわかってるけど、俺達の頭のレベルがバラバラなのにそれを態々誰か一人―俺だけど―に合わせてまで同じ学校に行く必要性を欠片も感じなかったのは多分俺だけじゃない。
俺たちは親友で仲間でライバル。でも、だからって何をするのも一緒の三人セットなんかじゃねえしそんなんご免だ。

全部を理解り合いたいとは思ってない。そもそも、全部を理解り合えるとも思ってない。

そーゆー俺の冷えた部分こそ口にはしてねえけど、俺はこれで良いと思ってる。だってあいつらが大切なのは変わらない。


「ねえ結人くん今日空いてる?」
「ワリー俺クラブあんだわ」
「そっかー残念」
「また今度な!」


訪れることのない今度を放り投げた後の口は勝手に弧を描く。
慣れって怖えな。意識してなくても必要な動作をする自分の身体に今度は意識して口角を上げた。


いつか英士が言ってた。「結人は鏡みたい」だって。
向けられる好意には好意で、それ以外も全部同じように返す。
円の中心にいんのは好きだけど誰にでも構われたいわけじゃねえしぶっちゃけ囲ってるやつらに大して興味もない。
だから俺は俺を嫌ってるやつには近づかないし、近づかないから変化のない関係は悪化することもないから何の問題もない。
そんな感じで結人クンの広く浅ーい交友関係は今日も今日とて保たれて行く―――筈、だった。



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「なあ藤代、こないだ一緒にいた女の子って誰?」
「こないだ…?あ、ゲーセン?んなの決まってんじゃん、かーのーじょ!」
「まじかよ!お前当分誰とも付き合わないっつってたじゃんこの裏切り者めっ!」
「それは武蔵森に気になる子いなかったからじゃん」
「じゃあ彼女って外部生?」
「そー。あったまいーんだぜ」
「大人しそうな子だったよなそいや…名前なんつーの?」
「てか何て呼んでんの?」

「呼び捨てかーあ…良いなーまじ羨ましい……」


聞こえてきた会話に一瞬だけ肩が跳ねた。
藤代に彼女が出来たのはどーでもいんだけど――、


「ふうん、チャンねえ?」
「こーら鳴海!俺の彼女勝手に名前で呼ぶなよな」
「こんくらいで妬いてんの?つか下の名前しか知らねえし」
「若菜だよ、わーかーなっ!教えたんだから名字で呼べよ!」


瞬間、音が止んだ。
互いに空気扱いしてはいても同じ家に住んでたんだからあいつが武蔵森に行ったのは知ってんだ。
だから、同姓同名の可能性よりも既に頭が弾き出していた若菜の可能性のが遥かに高いのもわかってる。


「…んで、」


隙間風みたいな音が口から吹き出した。思わずぎゅっと口の端を噛む。


「どっちにしろ若菜がいるから却下。被んじゃん」
「ふーざーけーんーなーっ!」


俺が双子なのをあいつらは知らない。別に隠すつもりはないけど敢えて教える必要もないから言ってなかった。
だからこの場にいるやつで藤代の彼女が俺の双子の妹だと気付けたのは俺と、後二人だけ。


「結人…?」


様子を窺うような一馬の声に俺の内側がざわりと揺れた。
――何であいつ?…何で、俺の世界に入ってくんだよ。


味のなくなったガムを意味もなく口に入れて噛み続けるのは毎日を繰り返すのとよく似ていた。
俺はきっと、変わらないものが好きだった。




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