聞いてはいたがやはり外部からの新入生は少ないらしくほぼ全員顔見知りである教室で見事に私は浮いていた。
過去に数回行ったことのある某動物園のパンダはこんな気持ちだったんだろうか。知りたくなかったけれど。

一応隠そうとはしているつもりらしい幾つもの視線を感じながら素知らぬ顔で暇つぶし用の本を読み進めていればその内周囲の興味も引いたようで空気と同化することに成功した私を突如襲った衝撃。


「、ってえ…」
「バカお前早く退け!」
「ひどっ!負傷した親友に何てことを…!」
「自業自得だろ」
「でもマジでスッゲー痛かったんだってー」


ええそうでしょうとも私も痛い。
重みがなくなったことで机に突っ伏すように沈んだ頭をゆっくりと持ち上げ背後へと視線を流す。
状況から察するにどうやら私は肘鉄を喰らった上に後ろ向きに躓いた人間が私の背と言うか肩と言うか、とにかく私に倒れ掛かってきたらしい。
私にぶつかった人の腕を引っ張って退かしてくれたらしい人と目が合えば途端に慌てられた。


「えーっと、ごめんこいつが。怪我してない?」
「誰に謝ってんの?」
「いい加減自分がしでかしたことに気付けバカ」
「ひっでー!」
「酷いのはどっち。後ろ向いてみろ」
「後ろー?」
「…」
「…え、あ、もしかして俺ぶつかった?!てか乗った?」
「だから早く謝れ」
「うっわーごめん痛かったよな?ほらタク謝って!」
「何でだよ。…ほんとにごめん。平気?」
「…」
「……あの、」
「もしかして喋れないくらい痛かった!?ごめんごめんどーしよこーゆー時って保健室?」


何のコントかと思って呆気に取られてしまったが私にぶつかった人に腕を掴まれたことで我に返る。「平気です」。
私が口を開いたことでツッコミの人がほっとしたように息を吐いた。


「あー良かった!入学早々問題起こすんじゃねえぞって三上先輩に言われたばっかだったんだよなー」
「…ごめんこいつこんなで」
「別に、ッ!」
「すっげタンコブ出来てる…痛い?」
「……割と」
「…お前は何してんだ」
「だってタンコブ」
「勝手に触るな余計痛いだろ」


鈍い痛みへと変化していたにも関わらず触れられたことによって突き刺さるような痛みを与えられた。
不意打ちの所為で余計痛く感じたんだと思う。私が言いたいことはツッコミの人が代弁してくれているので今は黙ろう。

彼らの襲撃により再び向けられた視線はどうやら騒ぎだけが原因ではないようだ。
視界に映った女子達の表情を見れば一目瞭然。耳が拾う複数の単語を繋ぎ合わせれば成程、彼らは有名人だったのか。


「私は平気なので気にしないでください」
「そ?あ、俺藤代。で、こっちがタク。知ってる?」
「…」
「あれ?知らない?…てことは外部生だ!めっずらしー!」
「どういう判断の仕方だよ…」
「間違ってはないですけど」
「じゃあ頭良いんだ。何ちゃん?」
「若菜です」
「若菜ちゃんね、よろしくー主にテスト前とか!」
「おい」
「だってタク助けてくんねえじゃん」


またしても始まったコントにはもう最初ほど興味はないので読書に戻りたいのだが彼らはいつまでここにいるつもりだろう。
数秒考えた後に私が付き合う必要はないと結論付けて捩じっていた上体を戻し読書を再開する。本が曲がってなくて良かった。


「若菜ちゃんてクール系?」


ひょっこりと顔を覗かれたので仕方なく目線を上げるが口を開くのが億劫なので首だけを横に振っておく。
「わかったツンデレだ!」―何か聞こえたが後のことはツッコミの人に任せよう。付き合いきれない。



*
*
*



入学して二週間も経てば多少落ち着いてくるもので既に見世物パンダ状態からは脱している。
集団生活不適合者ではあるものの人付き合いが全く出来ないわけでもないので女子の間で孤立無縁になることもなく程良い対人関係を築けている今日この頃。
とは言えいつ何が起こるかはわからない。ジョーカーとハートのエースを手に目を伏せる。


「まだ?」
「ちょい待って!こっち…や、こっち?」
「誠二早く引きなよ」
「だって若菜ちゃんポーカーフェイスだからわっかんねえんだもん」


ポーカーフェイスなんて格好良いものではなく私のは単に表情筋が未発達なだけなのだけれど。
昼食を終えた昼休みに何故かトランプをする集団に巻き込まれ今に至る。
トランプの提案者であり所有者は現在私が持つ二枚のカードと睨めっこをしている泣きボクロの彼だ。


「あーっ!!」
「はい、ちゃんの勝ちー」
「もっかい!」
「藤代それ何回目だよ」
「だってよー」
「ババ抜きって本来一対一でやるものじゃないと思うんだけど」
「うっさい勝ち逃げ禁止!」
「誠二が勝手にババ引くんだろ」
「実は狙ってんじゃねーの?」


不貞腐れながらトランプを切る彼と目が合えばその双眸を細められた。
何度もジョーカーを手にしている故に私は彼がわざと負け続けていることに気付いている。
傍目にはわからないがカードの側面に小さな傷が付いているので触ればそれがジョーカーだとわかるのだ。
私が気付いているのに所有者である彼が気付いていないとは思えない。何故なら彼は必ず全てのカードに触れるのだから。


「今度こそ勝つもんね」


目の前の彼が何を思ってこんなことをしているのかなど興味はないがそれに付き合わされる私の身にもなって欲しい。
黒板の上に掛けられた時計を見たところそろそろ中等部の知り合いに会いに行っている彼の保護者が戻ってくる時間なので漸く「今度こそ」の言葉が真実になりそうだ。




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