「?」 「そ」 「…あぁ、あの優等生ね」 絵に描いたような優等生。反吐が出る。 眉を顰めたのに気づいたのか、隣を歩いていた柾輝が小さく笑った。 「アンタが嫌いなタイプだ」 「別に」 「そーいや翼とは正反対だもんなー」 「僕だって優等生だと思うけど?」 「なーに言ってんねん!この教師泣かせに女泣かせが!」 「勝手に泣くんだから僕の所為じゃないよ」 「キッツー」 「つか否定しないのかよ」 「事実を言って何が悪いの」 よく聞く名前だったし生徒会の選挙のときに見たから顔も覚えてる。 職員室付近や廊下で教師と一緒にいる姿を何度も目にした。 今時珍しい三つ編みにデザイン性のないメガネ 漫画の中によくいそうな一昔前の優等生スタイル クダラナイ教師の世辞や愚痴なんかに控えめな笑みを携えて最後まで付き合うような女だ。 口数は少ないが愛想は良い 任された仕事はきっちりこなす 見た目も中身も地味な部類に入る女だけど、顔が広いのか色んなタイプのヤツラ―それこそガラの悪いヤツラなんかとも普通に話したりしている。 良い噂はあれど悪い噂など一つも耳にしたことがない。 ……あぁ、反吐が出る。 完璧すぎて嫌になる。それこそ漫画や小説の登場人物じゃあるまいし、誰にでもイイ顔をするあの女の口から他人を貶すような言葉は聞いたことがない。 あれほどの優等生なのにあの女を悪く言うヤツもあまり見かけない。 「なんで翼はアイツ嫌いなん?」 なんでかって?愚問だね。 「気味が悪いからだよ。他人に合わせてばっかで笑顔以外を見せようとしない――人形を相手してるみたいで嫌になる」 「もしかしてと知り合いか?」 「まさか。赤の他人だよ」 「それにしちゃ随分知ったような口振りだな」 「そんなのちょっと見ればわかるだろ」 「そーやって決めつけない方が良いんじゃねぇか」 「…なに、柾輝ってあーいうのがタイプ?」 「おっマジか!?柾輝はお淑やかーな子がええねんなぁ」 「ばか言え、そりゃお前だろ」 「確かに!」 「言われてんぞー!」 「それにしてはやけに庇うけど?」 「…ちょっと知ってるだけだ。少なくとも、見ただけの翼よりはちゃんと知ってんぜ」 「…ふうん。ま、別にいいけど」 どうせ俺には関係ないのだからどうでもいい。 いつだって飄々としているこの後輩がほんとにあの女のことを好きなんだったらちょっとくらい茶々を入れても良かったけど、そうでもないみたいだし。 嫌いなタイプとわざわざ関わりを持ったりなんかしない。 俺が愛想を振り撒くのは俺にとって必要なときのみだし、必要以上に他人に慕われたいとも思わないからね。 「噂をすれば、やで」 視線を辿れば見覚えのある姿が目に入る。相変わらず生徒手帳が制服を着て歩いてるみたいな真面目っぷり。 声が聞こえたのかそれとも偶然か、両手で抱えている段ボールから持ち上げられた顔は 完璧な笑顔 「あ、黒川くん。進路希望調査の紙持ってる?」 「そういや今日までだったか」 「先生が困ってたよ。一応余りの用紙貰っておいたけど」 「サンキュ」 「待ってね、ここに…」 「無くしそうだから代わりに持っててくれ」 「…ありがとう」 持ち方を変えて段ボールの中を漁ろうとした女の手からひょいっと段ボールを奪うと、口を挟まれる前に先手を打つ。 こういった気遣いが様になるのが柾輝だ。ちょうど用紙を掴んだ女は、少しだけ驚いてから嬉しそうに笑った。 「生徒会室か?」 「うん」 「ひゅーひゅー!かっこええなぁ」 「そりゃアンタよりはな」 直樹の軽口すらも軽く流し、ニヤリと口角を持ち上げる。 途端に騒ぎ出した直樹には目もくれず「ちょっと行ってくる」と告げれば歩き出した。 隣に並んでいた女は最初と同じように小さく頭を下げて同じく歩いて行った。 「なんやアイツ、ほんまに好きなんちゃうか?」 「そこまで接点ないだろ」 「一目惚れとか」 「アイツがかぁ?」 「あ、去年同じクラスだったぜ」 「クラスメートっつってもなー。去年の俺らって殆ど授業フケてたじゃん」 「翼が来てからはちょっとは真面目になったけどよ、教室いても遠巻きにされてたしな」 「そーいや女子で俺らに話しかけてきよるんも珍しいな」 「…やっぱ一目惚れ?」 「でも柾輝だぜ?」 「お前らと違って柾輝がイイヤツってだけだろ」 「俺かて十分ええヤツやん!」 「じゃあアクエリ買ってきて」 「あ、俺コーラ」 「カルピス」 「パシリか!」 「椎名先輩、黒川くんがわたしに取られたのがよっぽど気に食わなかったんだね」 「…そうか?」 「うん、だって睨んでたよ。いつもはわたしと目が合ってもなんの感情も見せないのに」 「……」 「戻ったらご機嫌取っておいた方がいいんじゃない?」 「必要ねぇよ」 「そっか、そういう関係じゃないもんね」 「…最近どうだ」 「わたし?普通だよ、いつも通り」 「何かあったら言えよ」 「……黒川くんってお人好しだよね」 「普通だろ」 「そっか、普通か」 「あぁ」 本当なら、交わることなどなかった。ねじれの位置にある俺達は、同じ平面上にすら存在しなかったのだから。 top | 02 |