![]() 12.27 「先輩!好きですっ!結婚してください!!」 ぱたぱたとはち切れんばかりに尻尾を振って雪の中に飛び込む子犬は、果たして寒さを感じていないんだろうか。 「おう、サンキュ。でも悪いな」 「…むー。今日は諦めますー」 「今日もやん」 「うっさいキンキラ頭のくせに!」 「おまっ、態度違い過ぎやろ!俺のが先輩やで!!」 「イケメン度合いが違い過ぎますもんっ!てか井上先輩受験生なのに何で部活来てんですか? 休み前も顔出してばっかだったんだからせめて冬休み中は家で勉強した方が良いと思いますけどー」 「そんなんサッカー部ちゃうのに混ざっとる自分に言われたないわ!」 「うちは午前練だったんでもう部活終わったんですーう。それにサッカー部の休憩終わる前には帰りますもん」 ぷくっと頬を膨らませて顔を背ける様は誰が見たって不機嫌丸出しだけど、その顔を一瞬で笑顔にする方法はわかってる。 「それくらいにしてやってくれ。これ以上苛めると直樹がまじでへこむ」 ぽふぽふと頭を撫でる光景が当たり前になったのはいつだったか。 最初は彼女のあいさつ代わりの告白を苦笑して断るだけだったのに、それが一週間も続けば笑みから苦さが外れ、 一ヶ月も経てば絆されて。 多分、の頭が手を置くのに丁度良い位置だったのも関係したんだろう。 「っ先輩大好きです!」 「そりゃどーも」 今にも飛び付きたい衝動を堪えて叫ぶ彼女を見ながら、ふと、思うのだ。 いつだってキラキラと目を輝かせ一方的な「好き」を押し付ける彼女は、一体心を何重に囲っているのだろう。 「好き」を告げた数だけ彼女の心は砕けている筈なのに、どうして何度も向かって行くのか。 毎日積み重ねたところで天秤が釣り合うとは限らないのに、どうして? 「あれ?…先輩先輩黒川先輩っ!椎名先輩が目ぇ開けたまま寝てます!!」 「うざい」 「ひどい!」 瞬きの合間に揺れる強かな炎が消える瞬間を見てみたい。 じわりと広がった感情は瞬きとともに打ち消した。 *** 「で、どうなの?」 「どうって何が?」 午後の練習が終わって部員たちが部室へ向かう中、監督と明日の打ち合わせがある為一人残ってスポドリを飲む柾輝に問う。 打ち合わせ相手の玲は電話の応対で少し席を外しているので、彼女が戻るまでこいつはぼくから逃げられないのだ。 「何だと思う?」 「部活の事なら寧ろこっちが聞きたいぜ」 「ばーか。昨日今日で新体制になったわけじゃないんだから今更ぼくが口出しするわけないだろ。 それに今のあいつらにとってぼくはもうキャプテンじゃないし」 引退して一ヶ月は部活に顔を出さなかった。 新しいチームとしての体制が整うまでは元キャプテンなんて存在は邪魔でしかないと思ったし、 ぼくと柾輝はタイプが違うから尚更そうするべきだと思ったのだ。 とは言えやっぱり可愛い後輩には違いなくて、柾輝がぼくに意見を求めに来た時は先輩として助言くらいはしたけれど、 今じゃもうぼくが部活に顔を出しても次のメニューに移る際に確認するような眼差しは向けられないし、 部員たちだって何かあれば真っ先に柾輝の指示を仰ぐのだから、とっくに柾輝が立派なキャプテンだと認められている証拠だろう。 だから、練習風景を眺めながら玲と話をすることはあっても、 意見を求められたわけでもないのにぼくから一々言及することなんて何もない。 それくらいこいつもわかってる癖に。 「ぼくの興味を逸らしたかったんだろうけど話題選びを間違えたね」 「元キャプテン様にここまで信用されてるとは思わなかったもんで」 口の端を上げて肩を竦める柾輝に此方もにやりと口角を上げる。 引き際の良さは彼の美点だ。 「わかってるだろうけど、ぼくが聞いたのはのことだよ。随分絆されてるみたいだけど実際どうなの?」 「どうって言われてもな…」 「好き?嫌い?」 「その二択はずりぃだろ」 「あはは、ごめんごめん。どう見ても嫌いではないもんな」 「あんた楽しんでるだろ」 「それこそわかってる癖に」 そう言って笑うぼくに、ふざけるなと怒鳴るでも悪趣味だと眉を寄せるでもなく、ただ、深く深く息を零した柾輝を見て、 きっとはこういうところに惚れたんだろうと胸の内でひそりと思う。 脳内お花畑のあいつの目は多少曇ってはいるが、きちんと人を見る目はあるのだ。たぶん。 「は何つーか…ちびたち相手にしてるような気分になんだよ」 「あーうん、そんな感じ」 「犬みたいに駆け寄って来んのも可愛いとは思うけど、でも、」 「でも?」 視線を落として、どこか困ったように笑った柾輝が口にした言葉に、ぼくは同じ表情を返すことしか出来なかった。 時間のあるメンバーと部活後の流れでそのままフットサルに行き、 受験勉強の息抜きだといつも以上に騒ぐ直樹に呆れたりしつつ、ぼくも腹から声を出して動き回る事、数時間。 空になったペットボトルに眉を寄せ外の自販機に買いに行こうと立ち上がるより前に 柾輝が財布を手にぼくを見るものだから「アクエリ」と告げてタオルで汗を拭う。 全く良く出来た後輩を持ったもんだ。 ベンチに座って笑いながら直樹たちに野次を飛ばすぼくがその音を拾ったのは偶然だった。 「…、…?」 聞き覚えのある声に何となく気になってベンチから立ち上がり、 そのまま外に出て辺りを見回そうとしたぼくの耳に、ガツン!激しい金属音。 「、まさ、」 点々と散らばった缶やペットボトル、転がった網のゴミ箱、そのすぐ側で尻もちをついたように座り込む派手な頭の男。 じり、そいつの横で間抜け面を披露した男が一歩足を後ろに引くも、目線だけは真っ直ぐ、 目の前の人物から逸らさない。―いや、逸らせないんだろう。 「で、話って? 無いならさっさと行け。じゃねえと今度は足が滑るだけじゃ済まねぇぞ」 あまり聞いた事のない低い声に肩を震わせたのが三人。 内二人はお決まりの捨て台詞を吐いて逃げて行き、残された一人、 男たちから庇うように大きな背中に隠されていたを柾輝がゆっくりと振り返る。 「大丈夫か?」 その声にはもう威圧感の欠片もない。 いつものように彼女の頭に伸びた手は、けれど辿り着く事は出来ず、 「っ、!……ぁ、ちが、先輩ごめんなさいっ。えっと今のは違くて、あの、」 びくりと大きく揺れた肩に行き場を失くした手がくしゃりと丸くなった。 ぼくにはその表情を窺う事は出来なかったが、想像は容易い。 「悪ぃな。俺はお前が思ってるような人間じゃねえよ」 カシャン、倒れたゴミ箱を立たせた柾輝はの頭越しにぼくと目を合わせるとそのままくるりと背を向けた。 後はよろしくってか。ぼくは一つ息を落として、呆然と立ち尽くす背中に近寄る。 「あーあ、何やってんだか。ほら、お前も拾うの手伝えよ」 散らばった缶やペットボトルを拾いながら、後で柾輝の家にあいつの荷物を持ってってやんなきゃ。とか、 予想は付いてるけど一応何があったのかも吐かせなきゃ。とか、忙しなく思考するぼくの動きを止めたのは、 「じいなぜんばいぃ」 ぐちゃぐちゃになった彼女の声。 「ちょ、はぁ!?何お前、汚っ!」 「ごめんなざいぃい」 「泣いて謝るくらいなら柾輝追い掛けろよ。それとも何、あいつが怖くなった?」 何この顔まじで汚い。女としてどうなの? 仕方がないのでぐちゃぐちゃの顔を袖口で拭いながら溜息交じりに問い掛ける。 痛い痛いと不細工な悲鳴が聞こえるがこの際スルーで。 「ちが、ますっ!…全部わたしが悪くて、ゴミ箱とか、黒川先輩はなんも悪くなくて、わた、わたしがっ…!」 「は、何?日本語くらいちゃんと喋ってくれる?」 「だから、だからえっと、……、っ黒川先輩に嫌われたぁあっ」 目の前で泣きじゃくるに、ぷつり、頭の中で何かが切れた。 「言っとくけど、お前より俺のが柾輝のこと知ってるからな」 両手で勢い良くの頬を挟む。「うえっ!?」。あーあ、ほんとぶっさいく。 胸の中でぐるりと渦を巻く気持ちの悪い感覚に、もう、吐きそうだ。 「どーせ馬鹿なが馬鹿やってさっきの馬鹿たちに絡まれてるとこを柾輝が助けてくれたんだろ? そんなん見ればわかるんだよそもそも柾輝はすぐ暴力振るうような馬鹿じゃないしゴミ箱蹴って脅しただけで 実際手ぇ出したわけでもないんだろ知ってるっつーの」 「ふ、ふぁい」 「それなのに夢見る脳内お花畑馬鹿が馬鹿故に混乱して態度間違えた挙句嫌われた?は?何馬鹿言ってんの馬鹿なの?」 「、さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎゃッ!」 「事実だろ」 「ひゃいっ!」 頬を挟む力を緩めた途端騒ぎ出したので今度は横に引っ張って黙らせる。 涙が滲んだ目で睨まれてもちっとも怖くない。寧ろ笑えるね。 「が柾輝の何を見て好きになったのか知らないけど、お前の理想であいつを塗り潰すなよ。 このままじゃお前の「好き」があいつを殺すぜ」 膨らんだ瞳の中で、揺れる炎が色を失くした。
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→01.13 -------------------------------------------- 2014年度テーマ「君と結ぶ」 12月27日(木)ネバーランドで大人になる方法(ピーターパンの日) Special Thanks*みなさん +++ 「stray cat」のみなさん主催企画サイト「0419」の2014年度に提出させていただいたお話です。 |